第1章
予兆
-2-
5/13
簡単な結界くらいは自分でも張れる。
寛也は杳を休ませようと、保健室へ連れていった。言っても信じてもらえない本当の理由は伏せて、適当にでっち上げた。
昨日まで長期欠席していた杳なので、具合が悪くなったとの理由ひとつで養護教諭の佐藤はベッドを提供してくれた。
寛也は杳のベッドの脇を囲むようにして、結界を巡らす。取り敢えずこの結界から杳自身が出なければ無事だろう。
「何、それ」
寛也の行動を不審そうな目付きで杳は見やる。寛也は冗談めかして返した。
「おまじない。節分にイワシの頭を玄関先につるすのと同じだな」
「わけ分かんない」
まだ眉をしかめる杳の肩を、寛也はポンと押す。
「いいから、寝てろ」
杳は肩をすぼめて、ベッドにもぐりこんだ。それを見届けてから。
「んじゃ、俺そろそろ教室に戻るわ。放課後、迎えに来てやるから、それまで大人しくしてろよ」
「人を問題児のように…」
素直に感謝しない杳に、寛也は少し元気になったのだと思って安心する。
「どっちかと言うと、結崎くんの方が問題児だと思うんだけど」
「お前なぁ」
即、前言撤回。減らず口を少しは減らせと思った。
と、その時チャイムが鳴った。寛也は腕時計に目を走らせて、5時間目の終了のチャイムだと知った。
「やべぇ。まるまるサボッちまった」
つまらない授業だと思っているので惜しくもないが。
「じゃあな、はる…葵」
また言いかけてしまった。その寛也に、杳は笑みをこぼす。
「いいよ、名前で呼んでも」
「え…?」
保健室を出ようとしていた寛也は、思わず立ち止まった。
「杳でいいよ」
すっかり気づかれている。やはりこの状況は寛也にはかなり無理があったのだろう。
寛也は開き掛けたドアをもう一度閉じる。
「あー、えーっと……じゃあ…杳」
「うん」
この方が断然、自然だと思った。
「じゃあ、俺のことも名前で呼んでくれたら…」
そうしたら嬉しい。そう思いながら期待を込めて言った。が、杳はすこし困ったような顔をする。
「結崎くんって、名前、何だったっけ?」
「……もういい…」
寛也はそのまま保健室から退室した。
かなりのダメージを受けた気分だった。
* * *