第1章
予兆
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 化け物の向こうに、人の気配が感じられた。

「杳っ」

 聞き覚えのある声だった。

 途端、今まで杳の正面にいた化け物が、一瞬にして地面に沈むように消え失せた。

 杳は呆然とそれを見やっていた。

 その杳に、息を切らせなかせら近づいてくる寛也。

「おい、大丈夫か?」

 聞かれて杳は、ようやくに顔を上げた。そこに、心配そうに覗き込んでくる寛也の顔があった。

「ホン…モノ…?」
「はあ?」

 素っ頓狂な返事をする寛也の首に、抱き着いた。

「お…おい…」

 慌てたのは寛也の方だった。いや、別に今更なのだが、それでも、色々と障りがあるので、かなり焦る。

 何とか引きはがそうとして、ふと、杳が震えているのに気づいた。

「はる…葵?」

 何をこんなにおびえているのか。今の化け物が余程怖かったとしか思えなかった。しかし、杳は自分達と一緒にいた時には、竜神にもそれ以外の異形のものにも動じることはなかったのに。

 寛也はどうしていいか分からず、震える杳の身体を抱き締めた。

「大丈夫だから。俺が絶対に守るから」

 耳元で囁くのは、かつて約束したと同じ言葉。杳の封じられてしまった記憶に。

 その言葉に、腕を放して見つめてくる瞳。ひどく心細そうに見えた。安心させてやりたかった。

「だから、俺を信じろ」

 臭いなと自分でも思ったし、一笑に付されるとも思った。が、杳はわずかに笑んで見せる。

「うん…」

 素直にうなずく杳に、寛也はやばいくらいに心拍数が上がるのを感じていた。


   * * *



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