第1章
予兆
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「あー、かったりぃ」
自分で選択した科目とは言え、まるで興味がわかなかった。まだ人物の出てくる日本史にしておけば、面白みもあったのだろうが、どうも小中学校で習った歴史上の人物の名を一切覚えられなかったのである。なので、無難に地理を選択したのだが。
寛也はシャープペンを指でくるくる回して遊びながら、ふと、違和感を感じて、窓の外へ目を向けた。
そこに、杳の姿があった。学校の裏門から抜け出し、裏山の方へ向かっていた。
「…何やってんだ、アイツ…」
呟いた寛也の視界に、杳の後を追うものが見えた。
人ならざるモノ。
何だってあんなものに追われているのか、考えるよりも先に、寛也は立ち上がっていた。
「センセー、センセー、俺、トイレッ」
そう言うなり、教師の声も聞かずに飛び出した。
「おっきい方なので、しばらく帰れませんーっ」
と、大声で捨て台詞。教室内は大爆笑だった。
* * *
身体を動かすことが少なかった為、息が上がるのも早かった。特に坂道を駆け上がったのは失敗だったと、追いつかれて気づいた。
「来るなっ、触るなっ、このヘンタイ化け物っ!」
逃げ道を失って、体力も尽きて、杳はその場にへたり込むしかなかった。それでも、言葉での抵抗だけは止めない。無駄だと知りながらも。
「もう逃げられないぞ。大人しく手込めにされろ」
「ふざけるなっ。自分の顔、鏡で見てから出直して来いっ。この、どブサイクッ」
近づいてくる相手に、杳はそれでも手元にあった石ころを投げ付ける。しかし、相手は石を顔面に受けてもビクともせず、その緑色に節くれだった指を杳に伸ばしてくる。
が、触れようとする寸前で、ピタリと止まった。