第1章
予兆
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 近づいて来た寛也に肩を掴まれる。薄いシャツ越しに伝わる手の冷たさに、ぞっとする。

 相手は首をすぼめる杳の顔を覗き込むようにして、顔を近づけてきた。

「知ってたか? こいつもお前のこと、こんなふうにしたいと思っていたみたいだぞ」

 逃げようとする杳の顎を捕らえて、唇を重ねてきた。

「…いや…っ」

 首を振って何とか逃げようとすると、頬を叩かれた。そして、再び唇に吸い付いてきた。

「ん…んん…」

 唇をこじ開け、侵入してくるものがあった。杳は抵抗できないどころか、身体が震えてきた。

 いつもなら、こんな奴は、殴り飛ばしているところだった。それなのに、身体がまったく言うことを聞かず、竦み上がってしまっていた。

 相手の手が、杳の身体をゆっくりと撫でる。

「…や…」

 一瞬、気が遠くなって、杳は身体の力が抜けた。途端、自分を押さえつけていた手の力も、弾かれたように消えた。

 そのまま、杳は床に膝折れる。

「ぐあ…っ」

 声が聞こえて、顔を上げると、正面の戸に、寛也の身体がたたきつけられていた。

「な…に…?」

 何が起こったのか分からず、杳は相手を見やる。

 ペラリと剥げた顔の皮の下から、濃い緑色の鱗が覗いていた。明らかに人ではないものに、ゾッとする。

「それが、勾玉か?」

 寛也であったものは、皮膚が次々と剥げていき、その下の正体を現していった。

 それは、トカゲのような体表を持ち、頭部に触覚と赤い目、尾までついている、人の倍はあろうかと異形のものだった。

 その姿に、恐怖心が心を覆い尽くす。

「や…いやだ…」

 近づいて杳に触れようとする手に、杳は身を縮ませた。途端、周囲の空気が歪んだ気がして、次の瞬間、周囲に明るい日差しが降り注いだ。

「なにが…?」

 慌てて、辺りを見回す。そこは、体育用具室の外だった。

「ど…して…」

 瞬間移動でもしたとしか思えない自分に、訳も分からないままフラフラと立ち上がる。

 と、戸が開かれた。そこに、さっきの化け物が姿を現し、杳を見下ろす。

「それは勾玉の力か?」

 化け物の視線の先は自分の胸の辺りだった。見やって、そこに、やんわりと影を見せる薄く透明な光の塊があるのを知った。それに触れた途端、身体の呪縛が解けたように、自由が効くようになった。

 ――逃げなきゃ。

 杳はそのまま、後ろを振り返りもせずに駆け出した。


   * * *



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