第1章
予兆
-2-
2/13
近づいて来た寛也に肩を掴まれる。薄いシャツ越しに伝わる手の冷たさに、ぞっとする。
相手は首をすぼめる杳の顔を覗き込むようにして、顔を近づけてきた。
「知ってたか? こいつもお前のこと、こんなふうにしたいと思っていたみたいだぞ」
逃げようとする杳の顎を捕らえて、唇を重ねてきた。
「…いや…っ」
首を振って何とか逃げようとすると、頬を叩かれた。そして、再び唇に吸い付いてきた。
「ん…んん…」
唇をこじ開け、侵入してくるものがあった。杳は抵抗できないどころか、身体が震えてきた。
いつもなら、こんな奴は、殴り飛ばしているところだった。それなのに、身体がまったく言うことを聞かず、竦み上がってしまっていた。
相手の手が、杳の身体をゆっくりと撫でる。
「…や…」
一瞬、気が遠くなって、杳は身体の力が抜けた。途端、自分を押さえつけていた手の力も、弾かれたように消えた。
そのまま、杳は床に膝折れる。
「ぐあ…っ」
声が聞こえて、顔を上げると、正面の戸に、寛也の身体がたたきつけられていた。
「な…に…?」
何が起こったのか分からず、杳は相手を見やる。
ペラリと剥げた顔の皮の下から、濃い緑色の鱗が覗いていた。明らかに人ではないものに、ゾッとする。
「それが、勾玉か?」
寛也であったものは、皮膚が次々と剥げていき、その下の正体を現していった。
それは、トカゲのような体表を持ち、頭部に触覚と赤い目、尾までついている、人の倍はあろうかと異形のものだった。
その姿に、恐怖心が心を覆い尽くす。
「や…いやだ…」
近づいて杳に触れようとする手に、杳は身を縮ませた。途端、周囲の空気が歪んだ気がして、次の瞬間、周囲に明るい日差しが降り注いだ。
「なにが…?」
慌てて、辺りを見回す。そこは、体育用具室の外だった。
「ど…して…」
瞬間移動でもしたとしか思えない自分に、訳も分からないままフラフラと立ち上がる。
と、戸が開かれた。そこに、さっきの化け物が姿を現し、杳を見下ろす。
「それは勾玉の力か?」
化け物の視線の先は自分の胸の辺りだった。見やって、そこに、やんわりと影を見せる薄く透明な光の塊があるのを知った。それに触れた途端、身体の呪縛が解けたように、自由が効くようになった。
――逃げなきゃ。
杳はそのまま、後ろを振り返りもせずに駆け出した。
* * *