第1章
予兆
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「悪ィ、悪ィ。すっかり忘れてた」
「忘れてたぁ?」
「俺、まだ昼メシ食ってねぇんだ。一緒に食おうぜ」
言って寛也は、小早川の肩を掴む。杳から視線を遠ざけようとして。
「じゃあな、はる…葵。ちゃんと授業、受けて帰れよ」
危うく名前で呼びそうになった。言い損ねたのだが、杳は気づかない様子だった。
まだ不平をこぼす友人を引きずって、寛也は学食へ向かった。
杳は、その様子をポツンと見送る。
漠然と浮かんでくる気持ちは、あの時と同じものだと気づいた。もう、乗りたくないと思ったバイクに乗って走った時。切なくて、悲しくて、胸が痛くなった、あの時。
何なのだろうか、この気持ちは。
ぽっかり空いている10日余りの記憶と、何か関係があるのだろうか。
杳は食べ散らかしたまま行ってしまった寛也の食べかすを拾って、袋に詰める。
「ゴミ箱、どこだったっけ…」
すっかり変わってしまった校内に戸惑いつつも、校庭へ向かった。
その後ろ姿を見つめる目があることに、気づく者はいなかった。
――見つけた。
その思念が、呟いた。たった今、杳のいたベンチのすぐ脇の地面が盛り上がり、見えざるものが姿を現した。
――我が主を封じし珠を持つもの…。
その目が、じっと杳を追っていた。