第1章
予兆
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「はやっ」
トイレは席を立つ口実だったのだろう。寛也がいなくなったので、早々に帰ってきたのだ。
舌打ちする寛也。そこまで嫌わなくても良いものを。
「杳のヤツ、どうも最近までずっと学校を休んでたらしくて、ついていけてねぇみたいだから、お前のノート、貸してやるって約束したんだ」
「また勝手な約束を…」
「だって俺のじゃ、役に立たねぇだろ?」
「自慢げに言わないでよ。ったく…」
呆れる潤也に、寛也は、また杳に逃げられるのではないかと席の方を気にしながら、拝むように両手を合わせる。
「な、いいだろ? もう言っちまったんだから」
「仕方ないなぁ」
吐き捨てるように言う潤也に、「サンキュー」と一言残して、寛也は自分の席へ飛んで行った。
潤也は呆れながらもそれを見送って、呟く。
「ほんっとに、バカだよなぁ」
言って、潤也は自分のノートをパラパラめくる。
「これだけで分かるようになるかなぁ」
ノートを貸すだけではダメなのだろうと思った。勉強会でも開いて教えてあげた方が良いのではないだろうか。
記憶をわざわざ封じて他人のフリをしているのに、一気に近づいてしまったようなものだった。これでは記憶を封じた意味がないではないか。
それでも、危険を犯してでも近づきたい思いは、寛也以上にあるのだと、潤也自身自覚していた。
* * *