第1章
予兆
-1-
7/16
「俺のじゃ役に立たねぇだろうけど、ジュンのノート、借りてやろうか? 双子の弟なんだけど、俺と違って、きっちり取ってるだろうから。お前に貸すって言ったら、ジュンの奴、テストの当日まで貸してくれるぜ、きっと」
寛也の含み笑いに気づかない様子で、杳はマジマジと寛也を見る。
「何で知ってるの?」
杳の顔に浮かぶのは、明らかに不審そうな色だった。まずいと思って、急いで取り繕う。
「そ、そりゃ、お前、目立つから。一人でいること、多いし」
まっすぐに見つめてくる瞳。寛也の口から出まかせなど簡単に見抜かれてしまいそうだった。
記憶がなくても、変わらないあの懐かしいまなざしが包み込む。
「…ま、いいけど…」
先に目を逸らしたのは杳の方だった。
案外あっさりと引き下がったと、寛也は拍子抜けに思いながらも、心の底では安堵のため息だった。
壇上では相変わらず、教師が講義形式の授業をしていて、こちらに気づいた様子もなかった。
ふと、杳が寛也の胸の名札を見やっているのに気づいた。
「2A、結崎…」
ポツリと言われ、寛也はびっくりする。そんな風に杳に呼ばれたことがなかった。初対面から『ヒロあんちゃん』などと適当に呼ばれていたような気がする。
「オレもあんたのこと、知ってる。入学式の日に打ち上げ花火を上げようとして、暴発させただろ」
「な、何でそんなこと覚えてんだっ」
せっかくの入学祝いだと思ったのだ。絶対に落ちると言われ続けて、それでも受験した家から至近距離の高校に入学できたのだから、花火のひとつも上げなくてはと思い、季節外れでどこにも売っていないご家庭用花火を春休みの間中探し回って見つけた。それが、湿気ていたらしい。なので、必要以上に火を付けて、結果、暴発した。
1年以上も前の話だ。
「出席番号が一番最後で、ついたあだ名がケツザキ。成績もドンケツ辺りを行ったり来たり」
唖然とする寛也。
杳は、他人には興味がないものだと思い込んでいた。同級生のことも、何も知らないものだと決めつけていたのだ。
何だか、少し安心したような気がした。なので、つい軽口をたたいてしまった。