第1章
予兆
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ふと、寛也は、杳が教科書を開いたままじっとしているのに気づいた。
どうしたのだろうか。そう言えば、先程の時間もノートひとつ取っていなかったと思い出す。
いくら寛也でも、黒板に書かれたことくらいは書き写す。なのに。
「な、ノート、取らなくていいのか?」
ヒソヒソ声で聞いてみるが、杳はチラリと横目で寛也を見やっただけで、無視した。
寛也は諦めずに声をかける。
「目が悪いのか? 何なら俺の、書き写すか?」
「うるさいな。ほっといてよ」
本当に余計なお世話だと、言われて寛也もそう思ったが、どうも放っておけない気持ちになるのは仕方ないことだった。
「だって来週から試験だぞ。大丈夫か?」
「あんたには関係ないだろ」
「でもお前、落第スレスレだって聞いたぞ」
ついうっかりそんなプライベートを口走ってしまう寛也に、杳はあからさまに怒っている様子を見せた。
まずいと思った途端。
「何だよ、あんた。さっきからなれなれしい。オレがテストで何点取ろうと、あんたに関係ないだろ」
「そりゃ…」
関係ないと言われれば関係ないが、気になると言えば気になるのだ。しかし、何故かと聞かれたら返答に窮するのも確かで。
「だったら黙ってろよ。余りうるさいと、張り倒すぞ」
口よりも先に手が出なかったのは、授業中だったからだと寛也は思った。そうでもなければ、もうとっくに3発は殴られているだろう。
そんなことを思って、ため息をつく。
杳がこんなにも取っ付きにくいとは、正直、思っていなかったのだ。初めて会った時も杳の方から声をかけてきたから。あの時は杳の方にも思惑があったからなのだ。そうでなければ、口も利かないだろう。寛也は改めてそう思った。
しかし、やはり、気になった。
もしかしてと思って。
「お前、いつまで学校、休んでたんだ?」
「え?」
聞くと、驚いて振り返る。何故知っているのかと言わんばかりの表情だった。400人近くいる学年全体での合同授業で、面識がないと思っている相手から、自分がそこに「いなかった」という事が知られているとは思ってもなかったのだろう。
「5月のゴールデンウイーク明けくらいから、ずっと休んでただろう?」
多分、授業について行けなくて戸惑っているのだと、寛也は確信した。