第1章
予兆
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ある意味、一番悪い席に座ってしまったのかも知れない。
50分間の授業が始まる前から、早く終わってくれることを願った。次の休憩中に席を変わってしまおうと思った。
いや、まだ授業は始まっていないから、今からでも間に合うのではないか。
寛也は出したばかりの教科書をまたカバンの中へ入れようとした。が、慌てたため、シャープペンを取り落としてしまった。
「あ…」
転がって、それは杳の足元で止まった。
そこは、寛也の位置からでは何と言うか、ものすごく取りずらい角度だった。それに気づいて杳は自分の足元をチラリと見て、それから寛也を見やる。
が、そのまま無視してくれた。
「な、おい、ちょっと、足元…」
寛也は恐る恐る言ってみる。
と、杳はチラリともう一度寛也を見やって、仕方なさそうに拾った。
「『な、おい、ちょっと』って、人にものを頼む言葉じゃないだろ」
言って杳は寛也の手に、それを押し付けた。
「はい、落とし物」
「お、おお…」
寛也の言葉に不快そうな表情を浮かべてから、そのまま、またそっぽをむいてしまった。
寛也は気づかれないように、ため息をついた。
杳の記憶が――自分達と関わったすべてが消されると言った時、潤也はもう一度出会えは良いと言った。
しかし、寛也にとって、そんなに簡単なものではなかった。
また出会ったとしても、もう同じ関係にはなれない。
あの腕の温もりを感じることはもうないし、不器用に寄せてきた信頼も、もう得ることはないだろう。
杳の横顔から目を逸らし、手のひらに乗せられたシャープペンを見やった。
「ま、いいか」
寛也は小さく呟いて、カバンを足元に置き直した。
* * *