第1章
予兆
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ヒラヒラ手を振って見せた。
潤也はムッとしながらも、仕方なく引き下がった。
大体、後ろの席から埋まっていくもので、ギリギリにしか登校しない二人が来る頃は、ほとんど前の席しか開いていないのが普通だった。
潤也は渋々前へ向かう。その潤也を見送って、寛也はほっと一息ついた。
途端、後ろからつつかれた。
「おい結崎。宿題やってきたか?」
「ああ?」
振り返ると同じクラスの小早川だった。
「やってる訳ねぇだろ」
当然のように言って、笑い飛ばす。
「それもそうだ。期待してなかったけどな」
そう返してくる友人の言葉に、どう言う意味だと振り返り様に聞き返し、ふと、左隣の生徒に肘が当たった。
「あ、悪ィ…」
言って見やった相手に、寛也は息を飲んだ。
――杳。
思わず名を呼びかけて、何とか思い止まった。
「いいよ」
そう短く返しただけで、振り返ることもしなかった。
寛也は苦い思いで、椅子に座り直した。
別れたのは、ほんの半月前の日没。
あの日、杳の中から寛也の記憶は消された。
あの後、学校で見かけることがなかったが、もしかしてずっと学校に来ていなかったのだろうか。
が、もう十分、具合も良くなったのだろう。あの日、青白かった横顔も、赤みも差していた。暑さの為もあるのかも知れないが。
「何か?」
じろじろ見られていることに気づいて、杳が振り返る。その目に、少し煩わしそうな色が浮かんでいた。
そんな些細な事にまで気づいてしまうようになった自分に、寛也は笑えてしまう。
忘れてしまうことなんて、できなかった。
別れの寸前に知った自分の気持ち。
しかしそれは今では伝えられないことだった。杳の消された記憶を呼び戻すようなことはできないのだ。
「いや、何でも…」
返して、目を逸らす。