第1章
予兆
-1-

2/16


 ヒラヒラ手を振って見せた。

 潤也はムッとしながらも、仕方なく引き下がった。

 大体、後ろの席から埋まっていくもので、ギリギリにしか登校しない二人が来る頃は、ほとんど前の席しか開いていないのが普通だった。

 潤也は渋々前へ向かう。その潤也を見送って、寛也はほっと一息ついた。

 途端、後ろからつつかれた。

「おい結崎。宿題やってきたか?」
「ああ?」

 振り返ると同じクラスの小早川だった。

「やってる訳ねぇだろ」

 当然のように言って、笑い飛ばす。

「それもそうだ。期待してなかったけどな」

 そう返してくる友人の言葉に、どう言う意味だと振り返り様に聞き返し、ふと、左隣の生徒に肘が当たった。

「あ、悪ィ…」

 言って見やった相手に、寛也は息を飲んだ。

 ――杳。

 思わず名を呼びかけて、何とか思い止まった。

「いいよ」

 そう短く返しただけで、振り返ることもしなかった。

 寛也は苦い思いで、椅子に座り直した。

 別れたのは、ほんの半月前の日没。

 あの日、杳の中から寛也の記憶は消された。

 あの後、学校で見かけることがなかったが、もしかしてずっと学校に来ていなかったのだろうか。

 が、もう十分、具合も良くなったのだろう。あの日、青白かった横顔も、赤みも差していた。暑さの為もあるのかも知れないが。

「何か?」

 じろじろ見られていることに気づいて、杳が振り返る。その目に、少し煩わしそうな色が浮かんでいた。

 そんな些細な事にまで気づいてしまうようになった自分に、寛也は笑えてしまう。

 忘れてしまうことなんて、できなかった。

 別れの寸前に知った自分の気持ち。

 しかしそれは今では伝えられないことだった。杳の消された記憶を呼び戻すようなことはできないのだ。

「いや、何でも…」

 返して、目を逸らす。


<< 目次 >>