第1章
予兆
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「うへぇ、蒸し風呂だぜ」
体育館に入った途端、結崎寛也は呟いた。
朝から窓と言う窓を全開にしているのだが、400人近くいる生徒のうち、既に半数以上の青春真っ盛りの高校生が集まった体育館は、その熱気だけで吐き気がしそうだった。
それなのに、弟の潤也は平然とした表情のままだった。逃げ出そうとする寛也の首根っこを掴んだまま、ずんずん前の席へ向かおうとする。
自分が目が悪いものだから、前の方が良いのだろう。
潤也と一緒になると前へ座る羽目になり、昼寝のひとつもできない。寛也の目当ては、後ろから5番目、出口から2番目だった。頭を低くしていれば見つからず、しかも出口に近いから、割合涼しいのだ。
体育館に椅子を並べて、学年の合同授業が始まって、1ヶ月が来ようとしていた。新しい校舎が建設されるまでの間、この蒸し風呂状態の体育館で授業を受けなくてはならないのだ。
ちょっとした事故で、寛也の通う学校の校舎が全壊してしまった。
その後、受験を控えた3年生は急遽建てられたプレハブ校舎で、各クラスでの授業が始まった。
寛也達2年生はこの体育館で、1年生は隣の格技場で一斉授業をすることとなった。
新しい校舎ができるのが夏休み明けになるので、今学期いっぱいは学年合同授業となっていた。
「あー、俺、目はいいから、ここら辺にしておく」
寛也は前へ向かおうとする潤也の背に言う。振り返る潤也。
「そんなこと言って、また後ろで遊んでようと思ってるだろ? ダメだからね。学ぶべきものはしっかり学んでもらわなくっちゃ。今の社会で生きていくんだから」
「分かった、分かったから」
まったく、弟のくせに最近ではすっかり年上気取りだ。人を子ども扱いして。
こんな時には、素直に楯突く。
「俺は同じ顔して、並んで仲良くお勉強する気はねぇんだよ。悪ィな」
そう言って、寛也は近くの、丁度一席開いていた場所に滑り込んだ。
「あ。こら、ヒロ」
「お前の席はねぇから、前へ行けよ」