■ 星空の魔法使い

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 今日の講義は夕方まであった筈だから、その後買い物をして、スーパーの袋を提げて杳は帰って来るだろう。

 俺はあの後結局予備校へ行くことをやめ、マンションへ帰って来ていた。

 俺ははやる心を押さえ付けながら杳の帰りを待った。

 杳は予想どおりの時間に帰って来た。

 鍵をドアに差し込む音がして、ノブを回す音。玄関に靴音がして、俺の靴を見付けて声をかける。

「ヒロ、帰ってるの?」
「ああ」

 俺は低く応えて、ソファにふんぞり返ったまま、眼前のテレビに顔だけ向ける。背後で杳が顔を覗かせる気配がしたのを見計らって、俺は振り向く。

 いつもと変わらない杳の顔があった。俺に向かってニコリともしない。

「ヒロ、今日は予備校に行くって言ってたんじゃなかったっけ? 行かなかったの?」
「いや、行こうとしたんだけど、勉強する気にならなくて…」
「来年も浪人だね」

 厳しい言葉を発してから、杳はキッチンへと姿を消した。

 別にふだんと何ら変わりはない。変わりなさ過ぎる。どういうことだ、これは。俺は首をひねる。

 あの魔法使いの少女に、結局は俺は約束させた。杳の気持ちを俺に傾けさせるようにと。

 彼女は随分渋って嫌がっていたけど、背に腹は代えられぬと思ったのだろう、すこぶる気の進まない顔をしながらも承諾した。

 ただし今日一日限りという条件付きだったけど。

 それがどうしたことか、杳の様子は今までと何ら変わるところはなかった。確かに彼女は杳に魔法をかけたと言った。今日一日は俺の事を思っているだろうと言ったのに。これは魔法の失敗か。俺は軽く舌打ちする。

 そう言えばまだ小さな女の子だったものな。魔法だって人間の子供並に不十分なんだろう。仕方ないと思う一方で、期待した分だけ余計にがっかりしてしまった。

「なに百面相しているの?」

 力を落としていると頭上から杳の声がした。ちっとも愛情を含んだ優しさを感じられない物言いだった。

「杳…」

 それでも問いたくなるのは人情だろう。

「お前、今日は何かいつもと違う気分じゃないか?」
「気分…?」

 俺の問いに杳は眉をしかめて答えてくれた。

「たとえば、やる気のないヒロに呆れて気分悪いとか?」

 …やっぱり魔法は失敗だったんだ。

 力いっぱいガッカリしている俺に、杳の無情な声が降ってくる。

「そんなことよりもちょっとお使いに行ってきて? マヨネーズ、なかったの忘れてた」

 俺が杳に逆らえる筈もなく、千円札を握り締めて近くのスーパーへと向かった。


   * * *



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