■ 星空の魔法使い

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 マヨネーズ一本を手にして帰りながら、俺は何だか無性に腹がたってきた。あの少女、今度見かけたら怒鳴りつけてやりたかった。

 俺には彼女の言うような、彼女の正体を吹聴してまわるつもりなんてもともとなかった。それを約束だから願いをかなえるなんて言っておきながら、このざまだ。こう言うのを恩をあだで返すって言うんだ。別に恩を売ったつもりはないが、押し付けてきたのは向こうの方だ。

 ま、最初に切り出したのは俺だったけど。

 考えていると次第に怒りが増してきた。本気で捜し出してとっちめてやろうか。そう考えた時、その魔法使いが突然目の前に現れた。

「うまくいっていますか?」

 律義にも様子伺いにやってきたらしかった。

「うまくいっているわけないだろっ」

 俺の表情を読み取って彼女は少し小首をかしげる。

「でも確かに魔法は…」
「杳は今までとどこも変わっていない。お前の魔法ってちっとも効かないんだな。もしかして本物の魔法使いじゃないんじゃないか?」
「そんなっ、あたしはれっきとした…」

 言おうとして彼女は口ごもる。そして小さく付け加えた。

「あなたの言う通りかもしれません。あたしはとても無力な魔法使いなのかも…」

 そう言った彼女の姿はどこにでもいる普通の小学生に見えた。気が強い子だと思ったが、魔法が使えるのだと思ったが、こうしてうなだれているところを高い目線で見ていると、何だかとても頼りなさそうな小さな子供だった。

「…悪かったよ」

 つい口からでてしまった。

「どんな事情であれ、他人に頼った俺の方が間違っていたんだ。お前の所為じゃないよ」

 つい今し方まで、彼女に会ったら怒鳴りつけてやろうと思っていた。責め立ててやろうかとも。だけど俺はもうそんな気分も吹き飛んでいた。

「考えてみればあの杳に魔法なんて効くはずがないよな」

 そう言って笑った。何だか少し空しかったが。

 結局、マヨネーズとアンパンをもって帰った俺に、杳は不審そうな目付きを向けて来たが、すぐにそっぽを向いた。

 そして、その日の俺の夕食の皿にはアンパンがひとつだけ余分に乗ることになった。


   * * *


 あの日からあの魔法使いの少女に出会うことはなかったが、隣町できっと友達と仲よく暮らしていることだろう。俺には関係ないことだけど。

「そういえば」

 夜が来て、そろそろ部屋へ追い返されるだろうと心の準備をしていると、杳が思い出したように言ってきた。

「この間変な女の子に会ったよ。ヒロに世話になったんだって。知ってる?」

 俺はもしやと思いはしたが、知らぬフリを決め込む。

「ヒロは“とってもいい人”なんだって」

 杳はくすくす笑い出した。ムッとした顔をしているとさらに笑いを誘ったらしい。

「今更言われるとは思わなかった」
「えっ?」
「ヒロの良さなんてオレが一番よく分かってるのに」

 どれだけ惚けた顔をしていたというのだろう。俺は杳に頬をはたかれてすぐに我に返ったが、気分はふらふら浮き立っていた。その俺に今度は杳は一転して冷たく言い放った。

「じゃあそろそろ自分の部屋へ戻って勉強でもしたら? オレと2学年差になりたくなかったらね」

 今夜は一緒にいたいと叫んで抱きつこうとしたが、見事によけられた。

 リビングを追い出されて戻った自分の部屋の窓から、見上げた冬空は、四角いビルの隙間に、星がきれいに瞬いていた。





   おしまい








この時期に書く話ではないものですが、パラレルだと思ってください。
ちなみにこの魔法使いはサリーちゃんです。
意地っ張りでガンコで…。

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