■ 初恋
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杳は小学校の二年生になるまで翔の実家のある福井に住んでいたので、そんなことも疎いだろうし、行くことも少なかったのだろうと寛也は思った。
「懐かしいなぁ。そう言えば、ヒロ」
ふと思い出したように、潤也が振り向く。一瞬、チラリと杳に目を走らせたので嫌な予感がしたその時、彼の口をついて出た言葉。
「ヒロの初恋の子って、ここで出会ったんだっけ?」
「な…っ!」
寛也は慌てる。杳の前で何と言う事を言い出すのかと。
「何言ってんだ、お前は…」
「だって、あれから事ある毎に行こう行こうって煩かったじゃない? 結局、あれっきり会えなかったみたいだけどね」
意地悪そうに言う潤也に、舌打ちする。その寛也をキョトンとした風に見やっていた杳は、手元の写真と寛也とを何度か見比べて。
そして。
「その話、聞きたい」
ギョッとするような事を言い出した。
「な…何でお前にそんな話、しなきゃならねぇんだよ?」
冗談ではない。杳は今、一番夢中で、求愛ダンスの真っ最中の相手なのである。子どもの頃の事とは言え、他の相手の話をするなど厳禁も厳禁、最大級のタブーではないかと思った。
それなのに杳は、少し上目使いにして口元をすぼめさせながら。
「ダメなの?」
「…いや」
陥落した瞬間が、自分でも分かった。
横で潤也が杳に気づかれないようにくすくす笑うのが、ものすごく憎らしかった。
◇ ◆ ◇
「ええーっと、いつの時か忘れたんだけど」
「小学校二年生のゴールデンウイーク」
それとなく内容を濁していこうと思った矢先、潤也が口を挟む。それをジロリと睨みつけて寛也は続ける。
「そうそう、その頃。俺とジュン、それから、あの頃はまだ元気だったお袋と三人で出掛けたんだ、ファミリーランド」
瀬戸内海を見渡せる王子が岳と言う山の上に立つテーマパークである。家からバスで30分程の所にあった。あの頃から仕事人間だった父親だけのけ者にして、三人で出掛けたのだった。
対象年齢が幼児から小学校低学年と言う遊園地には、寛也の求めるジェットコースターがなくて、その代わりに女の子が喜びそうな着ぐるみのウサギが闊歩していた。
それでもメリーゴーランドに乗ったり、ゴーカートに乗ったりと、それなりに楽しめていた。
そして、昼が過ぎた頃のこと、長蛇の列に並んでいた時に潤也が体調を崩したのだった。
めったに来たことのない遊園地にはしゃぎ過ぎたのだろう。前日の夜も浮かれてなかなか寝付けないでいたのを寛也は思い出して、あの時にとっとと寝かしつけておけば良かったと、弟を抱き抱えて医務室へ向かう母親の後ろ姿を見送りながら思った。
「ちょっと疲れただけだから心配しないで、遊んでなさいね」
それだけ言って、母は寛也に千円札を一枚持たせてくれた。それをポケットの中に押し込んで、寛也は仕方ないと、気持ちを切り替えた。