第 5 話

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「結構、楽しいものだったな…お前とも旅も」
 そう言うエドガーの首に、ライムは腕を延ばす。
「エドガーさまは、生きてください。…俺、またエドガーさまと旅がしたいです」
 そして、ゆっくりと腕を緩める。ライムはいつも通りの笑顔を向けて、いつも通りに元気な声を出す。
「マルスが今、解毒剤を作ってくれています。エドガーさまは助かります。すぐによくなりますから」
 信じられないようにエドガーが見返してくるのを、ライムは笑顔を崩す事はなかった。
 そこへ、早くも解毒剤ができあがったのか、コップに何やら怪しげな液体を注ぎ込んでマルスが帰ってきた。
「何とか間に合うといいんだけど…」
 と言って差し出したコップの中のものは、やはり毒々しい色を浮かべ、近づくと吐きそうなくらい酷い匂いがした。
「ライムが手に入れてきてくれたんですから、しっかり飲んでくださいね」
 高熱に朦朧とした表情の中にも、疑わしそうな色を浮かべるエドガーに、マルスは有無を言わせずコップを押し付ける。これが自分にできた精一杯なのだと付け加えて。
 エドガーはマルスからコップを受け取ると、何も言わずに一気に飲み干した。
「お見事。僕、さっきちょっと味見してみたけど、すっっっっごく酷い味だった。でもさすがはエドガーですね」
 茶化すようにそう言って、マルスは空のコップを受け取った。
「それから、薬の中に痛み止めも入れてありますから朝までゆっくり眠ってください。目が覚めたらきっと熱も下がっていますよ」
 そう言って、マルスはさっさと引き揚げようとドアに向かう。ふと、立ち止まりライムに声をかける。
「疲れているとは思うけど、今夜は看病を頼んでもいいかな」
「えっ?」
 ライムが振り返ってみると、背を向けたままマルスは続ける。
「明日の朝からは僕が責任持って面倒をみるから、今夜だけ、頼むよね」
 そう言うと、マルスはライムの返事も聞かずにバタバタと出て行った。
 しばしマルスの消えたドアを見やっていたライムは、小さく何かを呟いて、エドガーに視線を戻す。
 早くも薬が効いて来たのか、既にエドガーは眠りについていた。ライムはエドガーの手を再び握り直す。
「もう少し、一緒にいても、いいですか?」
 ライムは握り締めたエドガーの手に頬を寄せて、静かにベッドの上に上体をもたれかける。先程よりもずっと規則正しくなったエドガーの寝息に、安堵の笑みを浮かべる。
「エドガーさま…」
 目を閉じて、もう一度呟く。
 白く照らす月の光が次第に傾いて、ゆっくりと妖精の影を溶かしていった。


 涙のしずくがひとつだけ、こぼれて、消えた。






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