第 3 話

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 ライムの横顔に浮かぶがっかりした表情が、マルスの目に映る。
「やっぱりおとぎばなしなんだよ。そんな花、咲かないもん」
 ――誰も見たことのない花、薄紫色の百合水仙の花。
 この村の子供の寝間の語り物として、伝えられるおとぎばなしに出てくる花だった。夏の光を受けてわずかな時間だけ咲く小さな花。その花粉をあびて自らの願いをかなえたという、少女の物語にでてくる花だった。しかしそれは村の誰もが知っているおとぎばなし。現実には有り得ないことなのだ。ライム自身も頭では分かっている筈なのにと、マルスは悲しい思いでいつもライムを見ていた。
 マルスはライムが何をかなえたいのか、薄々分かっていた。何も言わないが、ライムはずっと自分を卑下していたから。
「ね、もう帰ろう。今日は咲かないよ。だって、つぼみひとつないんだから」
 きっと、明日も明後日も咲かないのだ。
 ライムだって分かっているのだ。逃げられる運命と逃げられない運命がある。ライムのものは後者なのだと。
「兄さまが、待ってる」
 放っておくと、きっと日が暮れてしまうまでライムはここで花の咲くのを待っていることだろう。昨日もそうだった。ここのところ毎日のようにライムはそうして日を過ごしていたことをマルスは知っていた。それほどにライムは切羽詰まっているのだ。
 膝をかかえるようにして草の上に座るライムの腕を、マルスはそっとつかんだ。
 救ってあげたいと思った。が、今一歩、それができずにいる自分。
 幼なじみで、ずっとずっと思っていたのに。
 何も知らなかった子供の頃が、ひどく懐かしい。一緒に、泥だらけになって遊んでいた日々。だのに、ある日突然言い渡された事実。
 ライムは一族でも酷く稀で、貴重な両性具有者だと。
 もともとこの村には子供が少ない。その事実の裏には女性が短命で一人子しか成すことができないという現実があった。マルスの母もマルスを産んだ後、一度も床を上げることがなく天へ召された。ライムの母は彼を産んで間もなく亡くなったと言う。この地の寒さが最大の原因だと言われている。
 その昔、人間に追われてこの地へ移り住む以前には、このようなことはなかったのだと長老は言う。このままでは絶滅もそう先のことではないだろうと。
 しかし絶滅させるわけにはいかないのだ。種を守るため、せめてここよりもより良い地を探し、移り住む為にも命を引き継がなければならないのだと、母の違う兄であるルシフェルがマルスに語ったのは、何年前のことだっただろか。そして彼は、その為にライムを一族の王である自分の妃とすることが必要なのだと、締めくくった。
 ライムのような両性体は、半分を男性体の因子が占めているためか、完全な女性体に比べてここの気候にも強いのだと長老は語った。よって女性体よりも安全に、多くの子を成せるのだと。
 ライム個人を無視したこの事実に、マルスは怒りを覚えずにはいられなかった。人を『道具』としか見ていない現実に憤った。が、それなのにルシフェルの言にマルスは抵抗できなかった。何よりも「一族の為」という大義名分の前に。
 そして、芽生えかけていた自らの思いをも、押し込めることを選んだのだった。
 そのライムが、薄紫の花に何を望むのか。マルスはそれを思う度に胸の奥にしまったものが、ちりちりと痛くなった。


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