第 3 話
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つんと夏草の、むせるようなにおいが鼻をつく。一年中、寒い季節の続くこの村にも、この時期だけは夏の花が咲く。外界との結界がゆるむせいだと昔、聞かされたことがあった。
この季節にだけ見られるという、薄紫の百合水仙の花をライムは今年こそは手に入れたかった。
「ねぇ、今日も行くの?」
家を出た途端、声をかけられた。金色の髪を後ろで束ねた小さな顔がひょこっと覗いた。
「マルスか。何か用?」
「何か用かじゃないよ。兄さまがお呼びなんだけど、いいかげんに顔を見せた方がいいんじゃないかと思って」
「ああ、そうだなぁ」
少し考える様子を見せたが、ライムはすぐに返事を返す。
「マルスからよろしく言っておいてよ」
「またぁ…。昨日もそれだったじゃない。いくら僕でも言い訳がもうないよ」
「そこを何とか頼むよ」
にっこり笑ってそう言われたのでは、マルスとしてもつい折れてしまう。自分でも甘いなと思いつつ、承知の意を返していた。
マルスとライムは幼い頃からこの村で一緒に育った。同じ年頃の子供が他にはいなかったので、遊ぶ時はいつも一緒だった。それがある時期を境に、どこがしっくりいかなくなってしまった。原因は分かっている。
自分があの事実を知ってしまったから。
最近、マルスはライムがどこか遠くへ行ってしまうのではないかと不安にかられることがよくあった。そんなことがある筈もないと思っても、ライムの姿に酷く不安に思うことが多かった。
「その代わり、今日は僕もいっしょに行くからね」
マルスはそう言うと、ライムの腕を取った。
* * *
いつの頃からか、こうして肩を並べて歩くことが少なくなった。マルスよりまだ少しだけ上背のあるライム。それをちらりと盗み見して、マルスは小さくため息をついた。そんなマルスに気づく様子もなく、ライムは元気に歩いていった。
やがて目的の場所へとたどり着く。
村の外れのその湖は、夏の風を受けて青くさざ波をたてていた。
「ここに花が咲くの?」
マルスは横に立つライムを見上げた。が、ライムはそれには答えず、湖面を見つめたままだった。
ここへ来ることが日課となって、どれくらい経つだろうか。草の根を分けてまでも探し回った日もあった。しかし、求めるものは、今日も見つかることはなかった。