第 2 話

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「さあ…そんな連中はここへは来なかったが」
 宿屋の主人は宿帳を出してきてそう言った。
 もうこれで十件目だった。この町へ来たのは確かな筈だった。この前後にしばらく町はなかったので、ここで必ず宿を求めている筈であるのに、セフィーロの捜す相手は見つからなかった。
 あれは今から丁度半月前のことになる。セフィーロの国に現れた二人の旅人。一人は凄腕の剣術師。そしてもう一人は人の姿を借りた風を操る妖精。この奇妙な二人組にセフィーロは命を助けられたのであるが、それと同時に手酷い目に合わされた。その借りを返さんと後を追って国を出たのであるが、足取りはつかめるものの、何故か追い付くことができないでいた。
「ああ、そう言えば」
 がっかりと肩を落とすセフィーロに、宿屋の主人は思い出したように付け加えた。
「さっきも同じようなことを聞いてきたのがいたな」
「は?」
 セフィーロは顔を上げる。
「ああ、丁度あんたくらいの背格好の、女の子みたいに可愛い子だったが、知り合いかい?」
 セフィーロには勿論覚えがなかった。もともと王城で厳格に育てられて来た身、女の子に知り合いはほとんどいない。ましてや同年代の、女の子みたいな奴など、皆無に等しかった。
「さあ…」
 簡単にそう答えて、セフィーロは大して訝しむことなく、宿屋を後にした。


   * * *


「どうでしたか?」
 宿屋から出ると、リオンが駆け寄って来た。
「全然」
 そう返して、セフィーロは不機嫌な顔を見せた。
 リオンは城でセフィーロの教育兼世話係を努めていた。言い換えればお目つけ役であるが、実際のところはセフィーロに振り回される損な役回りばかりを引き受けていた。その分セフィーロの信頼は厚いが、それは決して得なことはなかった。
「そうですか。こちらもそれらしき人物の宿泊している宿は見つかりませんでした」
 リオンはすまなさそうにそう言った。
「はあ、なかなか容易ではありませんね。目立つ人物だと思ったんですが」
 リオンの言う通りだった。どこにいても、人込みに隠れようともすぐに見付けられる――そんな印象があった。炎のように赤い髪をした男と、空のように澄んだ瞳を持つ少年。
「仕方ない、次を当たって、見つからなけりゃ、どっかに、泊まる準備でもするか」
「はい」
 セフィーロの提案に、リオンはにっこり笑顔を見せた。この同行者は疲れていたのかも知れないと、セフィーロはその時になって初めて気がついた。


   * * *



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