第 1 話

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 階段は螺旋状に上へと続いていた。察するにここは結構高い塔のようだった。この町でこんな高い塔と言えば、そうある筈もない。おおよその目星をつけながら駆け上がる階段に息を切らせる頃、ようやく最上階にたどり着いた。
 屋上のドアを開けて外へ飛び出すと、眼前に夜の町並みが広がっていた。月明かりの照らす町は、はるか遠くまで続いているように見えた。
 城から見る景色よりもずっと間近に見える町。何だか胸の奥が熱くなりかけた。そんな感傷を打ち消したのは、階段を昇ってくる幾つもの足音だった。
 どれだけ剣の腕が優れようとも、多勢に無勢、数に勝てるはずもなかったのだろうか。ライムを見遣ると、セフィーロと同じように足音の聞こえる階下に目を向けていた。その横顔は心配そうな色を浮かべている。が、すぐに思い改まったようにセフィーロの方を振り返った。
「逃げるよ、セフィーロ」
「逃げるって…袋のネズミ状態じゃねぇか。どこへ逃げるんだよっ」
 どうやって逃げ道を探すというのか。しかしライムは涼しい顔をして笑ってみせる。
 その時、ふわりと、風が舞ったような気がした。
 月明かりがライムの姿をぼやけさせたように見えた。あわてて目をこすってみるセフィーロの眼前で、ライムの身体がわずかに変化していった。見まちがいかともう一度目をこすって、再び開いた時、見たこともない生き物がそこに立っていた。
 いや、顔形にさほど変化はない。が、青く光る目、ピンと尖った耳、そして何よりも目を引くのは、その背から生える羽根だった。月光にさえ溶けるかのように薄い色をしたそれは、ピクンとライムの背で動いた。
「お前、一体…」
 知らず後ずさるセフィーロにライムは笑顔を崩すことはなかった。
「オレが怖い?でも人を取って食べる趣味はないから、安心していいよ」
 そういうことではないと言いかけて、階段の下に人の気配を感じた。
「さあ、早く」
 背に腹は代えられない状態で、セフィーロは差し出されたライムの手をつかんだ。するとライムはセフィーロを抱き寄せるように、肩に腕を回してきた。
 トクリと、心臓が大きく脈打った。
「しっかり捕まってないと振り落とすよ」
 冗談とも本気ともつかない口調で、ライムが耳元でつぶやいた。反射的にしがみつくセフィーロの耳に、ライムのくすくす笑うのが聞こえた。
 風が全身を包んだような気がした。そう思った途端、身が軽くなった。足元から地面が消えたかのような気がして下を向くと、本当に宙に浮いていた。
 塔の屋上に駆け上がって来た男達を眼下に眺めながら、セフィーロは生まれて初めての感覚に、ほんの少しだけ目が回りそうだった。


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