第 1 話

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「しかし驚いたなぁ。お前、王子だったのか」
 客間に通されるまで借りてきた猫の子のように神妙にしていたライムであったが、家臣達が下がってしまう頃には城の雰囲気に馴染んでしまったかのように、もとの笑顔を浮かべていた。そのライムに少々自慢げに鼻の下を指でこすりながら、セフィーロは返す。
「ま、田舎の国だけどよ。民は純朴だし、いい所だぜ」
「その割りには物騒な連中がうろついているじゃないか」
 ライムとは違って、くつろいだ様子も見せず、しかし静かな表情のままエドガーが言った。
「心当たりはないのか?」
 心当たりも何も、襲われたのは今日が初めてのことであるし、分かることと言えば肌の色が違っていたことくらいしか思い浮かばない。そう答えるとエドガーはわずかに眉をしかめ、何か言いたげな表情をしたが、それ以上返しては来なかった。
「それよりもあんたら」
 セフィーロはそんなエドガーの様子が気になりはしたものの、さっきから聞きたかったことを口にした。
「旅してるって、どこから来たんだ?」
「ん?」
 セフィーロの問いにエドガーはそっぽを向いたままで、それとは対称的にライムの青い目がくるりと回った。ガラス玉みたいだと思った。
 ずっと昔に聞いたことがある。はるか西の国にこんなふうな目の色をした人々の住む国があると。言葉も肌の色も違う遠い国。この小さな国から出たことのないセフィーロには、そんなことを想像することだけでもわくわくした。そのセフィーロの瞳に気付いたのか、ライムは全開の笑みを見せてくれる。
「オレはずっと西の地方。ここよりも少し気候の温暖な、森林に覆われた国で育ったんだ」
 ライムは少し考える風をして、続けた。
「だけどとても閉鎖的なところがあって、それが嫌で飛び出してきたんだ。そこをエドガーさまに拾われて、一緒に旅をすることになったんだよ」
 旅と言っても自分には大したアテがあるわけでもない。ただ自分の居場所が見つからないからなのだと、ライムは付け加えて、笑った。


   * * *


 異国の話は尽きなくて、いつまでも聞いていたかったが、リオンがあまりうるさく言うのでいいかげんに切り上げることにしたのは、満月が南天の空を昇りつめた頃だった。
 彼らのことをリオンはあまり良く思ってはいないらしかった。
「良いですか。本当は見ず知らずの者など、城内に入れることも許されないんですよ。どんな危険があるか分かりませんからね」
 自分の義務とばかりに部屋にセフィーロを連れて行きベッドに押し込んだ後、リオンは心配そうな顔をして言った。
 忙しい両親に代わって幼い頃から教育係をしていたリオンは、セフィーロにとって親代わりのようなものだった。そんな存在だとはセフィーロ自身も自覚しているのだが、口をついて出る言葉はいつも悪態だった。
「んなこと言ってるから年よりくせぇってんだぜ」
「はぁ…」
 リオンはセフィーロにそう言われると、溜め息を漏らしながら明かりを消し、部屋を出て行った。
 リオンの心配が分からない訳ではない。しかしセフィーロ自身、自分の身の危険を大して考えていなかった。加えて、彼らに対して警戒心が生まれなかったのだ。
 昼間の興奮からなかなか寝付かれなくて、つらつらと異国の話を思い描いているうちに、やがてセフィーロは睡魔の森へと分け入っていった。


   * * *



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