第 1 話

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少年は風を思わせる程、身軽に駆けていた。その背中を見ながら、自分でもかなりすばしっこいと自負していたが、こいつも負けず劣らず俊敏だと思った。
 どれくらい駆けただろうか、さすがのセフィーロも息を切らせる程に走った頃、ようやく彼はつかんでいたセフィーロの手首を放した。
「もう大丈夫だろう」
 辺りに慎重に目をやって、安堵の溜め息をもらす。息つくセフィーロの横で彼は涼しい顔で立っていた。こいつはどんな心臓をしているのかと思って見遣ると、ふと視線が合った。青く、晴天の空を思わせる瞳が、わずかに細められる。
「な、何だよ」
 セフィーロは一瞬ドギマギしてうろたえていた。そのセフィーロに彼は明るい笑みをこぼした。
「無事でよかったな」
 明け透けなその表情に、セフィーロはどこかホッとするものを感じた。と同時にむくむくと沸き上がってくる疑問。こいつは一体何者で何故あの場所に居合わせたのか。襲われた後だっただけに疑い深くなっていた。そんな複雑なセフィーロの心中にまるで気付くふうもなく、彼は笑顔のままセフィーロに右手を差し出して来た。
「オレ、ライム。よろしくな」
 人を疑うことを知らないような無垢な少年。疑った自分の方が恥ずかしくなるような気がして、それを打ち払うようにセフィーロはそっぽを向いた。そのセフィーロに彼  ライムと名乗った少年はムッとしたようにセフィーロの前に立った。
「人が名乗ってやってるのに、知らん顔はないだろう」
「うっせーなっ」
 今まで何度となくリオンに注意を受けて来た。王太子という地位に誰もが逆らうことをせず容認してきた横柄な態度である。その彼に初対面のライムはまともにぶつかってきた。いや、もともと頭に血が昇りやすい性格だったのかも知れない。
「何だよ、その態度はっ」
「気に入らなきゃ、助けなきゃよかったんだろっ」
「何だと?」
 自分も元来愛想の良いとは、お世辞にも言えない性格をしている。事、人とやりあうことがなかったのは、一重に王太子という地位にあったからである。だから殴られるなど思ってもいなかったセフィーロは、とっさに逃げられなかった。頬に拳の痛みを覚えて初めて殴られたことを知る。
 途端、一気に頭に血が昇った。


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