第 1 話

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 腕をつかんだ手は強くて、振りほどけるものではなかった。
「いってーなっ、放せよっ」
 路地に連れ込まれ、セフィーロはようやく声を荒げた。ついでに男の膝を蹴りあげた。が、それもつかの間、セフィーロは男達によって簡単に腕をねじ上げられる羽目となる。
「やれやれ、品のない王子だ」
「けっ、品がなくて悪かったな。てめぇら、俺をかっさらってどうする気だ?」
「さぁてね」
 顔を見せないその男の声に<セフィーロはもしかして本当にヤバイのではないかと思い始めた。
 その時。
 シュッ!
 風を切る音が聞こえたかと思うと、セフィーロのすぐ横にいた男の一人がその場に崩れた。
「何?」
 見ると、その背に一本の矢がささっていた。矢が飛んで来た方向に目をやる前に二本目の矢が今度はセフィーロを捕らえていた男の肩に突き刺さる。その矢の痛みに、男の手が緩んだのをセフィーロは見逃さない。するりとその手の中から抜け出ると、一気に駆け出した。
 どこの誰が助けてくれたのかは知らないが、ここはひたすら逃げるしかないだろう。
 が、いくばかりも走らないうちにセフィーロは今度は人にぶつかることとなる。
「おおっと」
 ぶつかった弾みで転びそうになるセフィーロを、相手は軽く受け止めた。
「逃げ足だけは速いようだな」
 そう言った男の手から慌てて擦り抜け、セフィーロはその声の主を見返す。
 最初に目に飛び込んで来たのは、燃えるように真っ赤な炎色のその髪。この国の者ではないと一目で分かるその男に、セフィーロは警戒心を解かない。そのままくるりと背を向け、違う方向へと逃げようとする。が、それよりも先にその男に腕をつかまれた。
「逃げる方向はそっちじゃないぜ。連中はまだそこらへんをうろうろしているからな」
 男は面白そうにそう言ってのけた。
「どうだ、お前をここから逃がしてやろうか」
 男の目はどこか人間離れした鋭さをセフィーロに感じさせた。それはヒトよりも獣のそれに近いと直感する。そんな男にセフィーロが不信感を抱かない筈がない。あからさまに険のある表情で返す。
「あんたが連中の仲間じゃねぇとも限らねぇじゃねぇか」
 言ってセフィーロは男の手を振り払う。そんなセフィーロに、男は軽く肩をすぼめて見せた。
「ならば好きにすればいいさ。俺はどっちでも構わないんだからな。王太子が死んで、国内で内紛が起ころうがどうしようが、明日にはこの地をたつ身だ」
 言う通り男は旅装束を身につけていた。目に鮮やかな真っ青なマントと、腰には大剣を携えている。しかも俊敏そうな物腰、相当な使い手と見た。
「そんなことを言って、最初に助けようっておっしゃったの、エドガー様でしょ」
 いきなり背後から声が聞こえて、ギョッとして振り返る。つい今の今まで人の気配などしなかったものを。
 そこにはセフィーロと年の変わらない少年が立っていた。晴れ渡った空を思わせる青い瞳と、屈託のない笑顔が目を引いた。
「とにかく早くこの場から立ち去った方が良いです。不審な人間があちこちにいるみたいですから」
 言葉とは裏腹な明るい口調に、エドガーと呼ばれた男も仕方なく従う。再びセフィーロの腕をひっつかんで。


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