第6章
巫女−参−
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「ごめんねー。手間取っちゃって」

 何事もなかったように部屋に戻ってきた潤也さんは、本当に何事もなかったような口調でそう言った。

「佐渡は?」

 最後の煎餅にかぶりつきながら、寛也さんが聞く。

「帰ったよ。杳によろしくって」

 言われても杳さんはそっぽを向いたままだ。潤也さんはそんな杳さんに苦笑を浮かべる。多分、今は何を言っても無駄なんだろうと諦めたようで、今度は僕達に言う。

「ふたりとも、そろそろ順番にお風呂に入ってくれる? もう遅いし」
「あ、はい…」

 雰囲気が悪いなと思って、僕は何となく元気に返事をした。

 と、杳さんが立ち上がる。

「オレ、もう帰る」

 誰の顔も見ずに、逸らした視線のままで。だから僕も慌てて立ち上がった。

「あの…杳さん」

 いきなり呼び止めた僕に、杳さんはようやく視線をくれたけど、またあの無表情のままで。

 そんな杳さんに、僕は頭を下げた。

「いろいろありがとうございました」

 きっと今、全ての勾玉がそろったのも、竜達に出会えたのも、杳さんのお陰だと思うから。この人がいなかったら、僕は朱雀に捕まったままで、勾玉の全ても奪われていたに違いない。

 そんな僕の頭を、杳さんはくしゃりと撫でた。

「明日、また来るよ」

 その言葉はそっけなかったけれど、ひどく優しく思えた。この人はとても不器用な人なのだと思った。

「んじゃ、ちょっとそこまで送っていくぜ」

 同じように立ち上がって寛也さんは、少し意地悪く続ける。

「さっきの落とし前もつけさせてもらいてぇし」

 そう言った寛也さんに嫌な顔をしてみせる杳さんは、多分、もう怒っていないのだと分かった。

 仕方無さそうにする杳さんと、何故か上機嫌になっている寛也さんを見送って、潤也さんが大きくため息をつくのに気づいた。

 何だろう。

 僕は杳さんを送っていくのは潤也さんの方かと、何となく思っていたのだけど。恋の相手よりも喧嘩友達の方を選んでしまう杳さんって、まだ幼いのかなと思ってしまった僕は、かなり後になるまでそのことに気づかなかった。

 だから、杳さんと外へ出たきりしばらく帰って来なかった寛也さんにも、窓の外をちらりと眺めやってから思いっきりカーテンを引いていた潤也さんの行動にも、何ら不審に思うことはなかったんだ。


   * * *



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