第6章
巫女−参−
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 戦いはあっと言う間だった。

 元々、手負いの朱雀は、四天王の筆頭である風竜の敵ではなかった。

 後始末のことについて、潤也さんは外で佐渡と何やら話をしていたけれど、僕達は先に家の中へ戻された。

 杳さんは俯いたまま何も話さなくて。その杳さんを座らせて、寛也さんはその隣に胡座をかく。僕達も座卓を挟んで正面に座った。

 気まずい雰囲気に、何かを言わなくっちゃと思い、口を開こうとしたら、先に杳さん。

「ごめん、引っぱたいて」

 そう言われた寛也さんは座卓に肘をついて、籠に盛られていた煎餅に手を伸ばしてから返す。

「足も踏まれたし、蹴飛ばされたし、肘鉄を食らわされて、腕には歯型までついてんだぜ?」

 よくぞそこまでと、感心している場合じゃないよ、碧海。寛也さんも良く怒らなかったものだと思う。

 いや、怒っているふうに杳さんを見やって。

「この落とし前は後できっちり付けさせてもらうからな」

 言って、ボリボリと煎餅にかぶりつく。あれ、この人、ついさっき餃子5皿を食べて帰ってきたばかりだった筈。よく食べるなぁ。

 食べながら寛也さんは、ちょっと不安そうな杳さんから目を逸らして、話題を僕に振ってきた。

「そーいやぁお前、全国周遊の旅をしてんだって?」
「え…?」

 その言い方はちょっと…。間違いではないんだけど、遊んでいるつもりはなかったんだ。

 答えに困っていると、寛也さんは勝手に話を進める。

「いいよなぁ。旅館で上げ膳据え膳…。で、どこのメシが一番うまかった?」
「え…えっと…」

 また答えに窮する。だから、別に遊んでいた訳じゃないってのに。

 そんな僕の心情をまるで見透かしたように、寛也さんが突然に言い出したのは。

「お前、勾玉を集めるって使命感でカチコチだよな? マジメ過ぎんだよ。せっかくあちこち旅してんなら、名物とか名所とか、見て回るべきだと思うぞ、俺は」

 はっとして顔を上げる僕。と、横から杳さんが呆れたように言う。

「ヒロは不真面目過ぎ。阿蘇山は噴火させるし、東京のビル街はぶっ壊すし、天橋立は破壊したし」

 えっと、思う。それって、去年の春頃にあちこちで起こった天変地異と言われた出来事だったと思うけど。

 そう言えば、杳さんは竜神達が去年の春にみんな一斉に覚醒したって言ってだけど。まさか。本当に、まさか…。

「死人も出なかったし、いいじゃねぇか」

 寛也さんは大きく笑って過ごす。

「ま、どっちにしてもしばらくはここで囲い者だな。ま、仲良くやろうぜ」

 ニッと笑った顔が表裏を感じさせないもので、何となく嬉しくて、僕は思わずペコリと頭を下げた。

「ご迷惑をおかけします」
「それっ」

 突然、下げた頭のてっぺんを指でつつかれた。そ、それ、つむじなんだけど?

「お前、硬すぎ。今日からここがお前んちだから、迷惑かけてるなんて思うな」
「え…」

 思ってもなかったことを言われて、僕は寛也さんを見る。そこには屈託のない笑顔。

「ありがとうございます」
「まーたー」

 呆れた声を出す寛也さんは、それでも笑ったままだった。

 赤竜――僕の記憶に残る炎竜は、ただただ荒ぶる神として畏れられていたけれど、この人はまるで別人としか思えなかった。

 いや、確かに別人なのだろうと思う。生まれ変わって、人として生きている。潤也さんにしても、聖輝さんにしても、翔くんにしても。

 杳さんの言う通りなのかも知れない。

 籠に盛られた他のお菓子も全て食べ尽くそうとする寛也さんに、僕はかつての炎竜とは違う強さと、そして優しさを見た気がした。


   * * *



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