第6章
巫女−参−
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それなのに、杳さんはそんな寛也さんの心情を知ってか知らずか、自分の腕を捕まえる寛也さんの頬を思いっきり引っぱたいた。
「いた…」
思わず呟いたのは、僕の隣に立って右往左往していた碧海。自分がぶたれた訳でもないのに、頬を押さえていた。
で、本当に叩かれた方の寛也さんの一瞬の虚をついて、杳さんは飛び出して行こうとする。それをまた止めたのは、その先に立ち塞がっていた佐渡だった。
「どけよ、委員長っ」
黙って杳さんの腕を取ると、佐渡はそのまま寛也さんに押し付ける。
「逃がしてんじゃねぇよ。こいつ、平気で結界を抜けやがんだからな。巻き込まれたら死ぬぞ」
「あ、ああ…」
佐渡に、少しだけ意外そうな表情を向けてから、寛也さんは今度は逃げられないように杳さんの両腕を掴んで、腕の中に取り込む。
「ちょっと…ばかヒロ、放せよっ」
杳さんは、何とか寛也さんの腕の中から抜け出そうとするけど、身長とか腕の太さとか全然違う寛也さんには全く敵わないみたいだった。
僕達の中にいる時の杳さんって自由奔放で、ある意味、手が付けられない所があったけど、そんな杳さんを力で押さえ付けることができてしまうんだ、この人は。
足を踏まれて、腕に噛み付かれて、向こう脛を蹴られてるけど。それでも、今度は放さない寛也さんは、すごいかも。
「どうして…死ななきゃならない人なんて、いないよ。それなのに…」
僕達の目には見えない上空で、何かがぶつかり合う気配だけが感じられる。
寛也さんにも佐渡にもそれは実物として見えている様子だった。
僕達の中でも特に抜きん出た力を持っていたあみやと同じように、杳さんにも竜達の姿が見えているのだろう。
寛也さん達と同じ方向をじっと見上げていた。
その杳さんの頭を、そっと引き寄せる寛也さん。
「こんなもん、見るんじゃねぇよ」
杳さんの視線を遮る寛也さんは、それでも自分は目を逸らさずにいた。噛み締めている唇に、辛い気持ちをこらえているのだと分かった。
本当にそれがただの化け物だと言うのなら話は別だろうが、朱雀はこの佐渡のように一人の人間なんだ。その命を奪うと言うことがどう言うことか、誰も知らない訳ではない。
それでも、大切な多くのものを守る為に、しなければならなかったのだ。
竜神達は、その罪を背負って、僕達を守ろうとしてくれているのだ。
僕は竜雲で曇る夜空を見上げて、見えない風竜を思った。
何て強い人――竜なのだろうかと。
* * *