第6章
巫女−参−
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「悪ィな。俺、昔のことはあんまし覚えてねぇんだ」
「必要ないじゃん、昔の記憶なんて。もうヒロは結崎寛也なんだし、潤也だって潤也だし。今の人生を生きてるんだから」
そう言ったのは杳さん。
自分の中にあるのはあみやであった記憶と罪の意識だけだと言っていた。本当にそうなんだろうかと、僕は疑問だった。多分、昔のことに一番こだわっているのは、杳さん自身なんじゃないだろうか。
「そうだね。竜になれるからと言って、受験がなくなる訳でもないし」
杳さんの言葉を肯定するように言って、潤也さんが立ち上がった。
と、潤也さんの動きが止まった。
何だろうかと思って見やった潤也さんは、玄関の方を向いていた。
「来客か…こんな時間に?」
呟く寛也さんにもその気配が分かったのだろう。
時刻は10時前だ。人の家を訪問するような時間ではない。そう思うと、寛也さんが玄関に向かった。その後に潤也さんもついていく。
何だろうかと僕と碧海は顔を見合わせた。
と、玄関のドアが開かれる音とともに聞こえてきた声。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどな」
その声に、杳さんは嫌そうな表情を浮かべた。知り合いなんだろうなぁ。
「何の用だ? 休みの日までお前の顔なんか見たくねぇぞ」
「それはお互い様だ。何だ、結崎、お前、口くせぇぞ」
「うるせー」
低く言う寛也さんに、その相手は同じような口調で返していた。何だか、この二人、似てるんじゃないかって、一瞬思った。
「ちょっとこっちへ来ていた知り合いが、大怪我して俺の所に転がり込んできやがったんだ。おまえらじゃねぇだろうな?」
何のことかと首を傾げる僕と碧海に、杳さんが立ち上がって言う。
「二人はここにいて。出てくるんじゃないよ」
それって、危険な相手ってこと? もしかしてさっき僕達を襲った奴の仲間とか? じゃあ、大怪我をした知り合いって…。それなら、杳さんだって危険じゃないだろうか。
「父竜の手下ですか?」
慌てて聞く僕に、杳さんはチラリと目を向けただけで、答えてくれなかった。そうなんだろう、きっと。
僕は同じように立ち上がった。
「僕も行きます。どんな奴か見ておきたいですから」
「おいっ」
碧海が止めようとするけど、それを振り払った。
「碧海はここにいてよ。僕が代表で会ってくる」
「そんなことできる訳ないだろ」
言って碧海も立ち上がった。こんな僕達を、杳さんは呆れたように見ていたけど、何も言わなかった。
玄関には見覚えのない人が立っていた。この人も僕達と同じくらいの年齢に見えるけど。
僕達が現れると、その人は杳さんに目を向けた。