第6章
巫女−参−
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「うん。伝えられてたって言うか、それを実際に見てきた竜神達の話だったんだけど、父竜って呼ばれているように、奴は竜神達の父親なんだ。半分人の血の混じっている竜神と違って、父竜は生粋の竜だから、その分、力も強い。竜神達全員が束になっても勝てなかったんだ」

 だから封じるしかなかったのだと聞いた。そして、それを封じていた勾玉のひとつが、既に破壊されてしまったことが父竜の復活に拍車をかけているのだと言う。

「実際のところ、杳さんはどう考えているんですか? 父竜から勾玉を守るだけで、本当に大丈夫なのか、僕はずっと不安だったんですけど」

 勾玉を守って、守りきれたとしても、それで本当に大丈夫なんだろうか。

「父竜と違って、竜神達は成長していっているから、昔程の差はないかも知れないけど、本当はそれも未確定なところだから。竜王辺りが何か策を考えているかも知れないけれど」

 目を伏せてそう言う杳さん、まるで自分の言い聞かせるようだった。

「どちらにしてもオレ達は、今できることをするしかないんだ」
「そうですよね。敵の一人は杳さんが倒してくれたし」

 わざと明るく返すと、僕の気持ちが通じたのか、杳さんは顔を上げる。そして、僅かに笑んでみせてから。

「朱雀は倒してないよ。あれくらいの傷、連中なら自力で治癒してすぐに追ってくるから」
「えっ…」

 思わず僕は辺りを見回す。そんな僕に杳さんはくすくす笑って。

「そんなに脅えなくても大丈夫だよ。あの剣は竜王の剣だから、かなりの深手は免れない筈だから、完治するには何日もかかると思うよ」

 本当に人が悪い。

 それにしても、よく知っているな、この人。あみやは中央の宮に住んでいたから、いろいろな情報も入ってきていたのだろうか。それにしても。

「杳さんは、今の竜神達とはどういう関係なんですか?」

 竜神達が復活した時のことを知っているようだから、きっと身近な人間なんだろう。

「んー。友達とクラスメートと仲間とイトコ」
「はい?」
「何でかね、オレの周りに竜が多いんだ。この土地の所為かも知れないんだけど。ここの辺りに竜王の宮があって、そこで竜神達は滅んだから、この土地に復活しやすかったのかも知れない」

 本当のところは誰にも分からないんだろうけど、多分、杳さんの言うことが真実に近いのかも知れない。

「今はね、天竜王と風竜と水竜、それと炎竜がこの吉備の国にいるんだ」
「え…」

 天竜王と聞いて僕は思わず息をのむ。

 その昔、乱心して暴れた竜王の姿は、僕の記憶の奥底に恐怖だけを残していた。父竜がどれ程のものかは見当もつかないけれど、天竜王への恐怖心だけは未だに僕の中にあった。そんな僕の心情に気づいたのか、杳さんは口調を和らげる。

「大丈夫だよ。もう、天竜王は暴れたりしないから」

 見ると、杳さんはハッとするくらい柔らかな笑みを浮かべていた。ああ、そうか。この人の側には今でも天竜王がいて、守っているのだ。それと同時に、杳さんも今の竜王に信頼を寄せているのだろうと感じた。

 自分は竜達を裏切ってしまったが、彼らは裏切ることはしないのだと言った言葉の裏には、多分、その確たる信頼があるのだろう。

 今も昔も、この人は竜王の大切な人で、竜王もこの人にとってかけがえのない存在なのだろう。

 何だか僕は早く竜達に会ってみたくなった。あのジェットスター並のスリルのあるバイクに乗せられることも苦ではなく思われるくらいに。


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