第5章
巫女−弐−
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 私の前へ出てかばってくれるのは清水くん。

 にまりと笑ったそいつの顔が憎たらしかった。

 もう駄目だと、思った。そう覚悟した私の目の端に赤い光が映った。

「な…に…?」

 杉浦くんの手の中で、勾玉が淡い光を放っていた。ぶつぶつと何やら怪しげな呪文が聞こえた。

 勾玉ってこういう使い方をするものなの?

 って、呑気に見ている場合じゃなかったわ。

 私たちは化け物の前からそそくさと逃げる。

 杉浦くんが呪文を唱えているうちがチャンスよね。

 化け物は動きを封じられて、憎々しげに杉浦くんを見やる。舌打ちが聞こえた。

 たったそれだけで、まるで呪文はなかったかのようにかき消された。

 そして今度の光球は杉浦くんを直撃した。避ける間もなかった。腹部に光球を受けて、後方の壁に叩きつけられる杉浦くん。

「小賢しい。このまままとめて始末しやってもいいが、それでは封印も解けぬままだからな」

 化け物がまた笑った。

 悔しい。すっごく悔しい。こんな奴に勝てないなんて。自分の目的の為にこんなことするような奴に負けたくないっ!!

 叫びたくなった時、声が聞こえた。

「封印は、解かせない」

 いつの間にそこに立っていたのか、化け物の立つ向こうに杳さんがいた。

 …何か、さっきよりかなりくたびれて見えるけど。

「…どうやって、あの結界を抜け出た?」
「結界を破るのは得意なんだ」

 杳さんの出現に驚きを見せる化け物の脇をすり抜けて、杳さんは私たちの側まで来た。

「何で戻って来たんだよ」
「そっちこそ、逃げたんじゃなかったんですか?」

 痛めつけられている筈の杉浦くんが代表で聞き返す。

 同じことを清水くんが言おうものなら、間違いなく頬をつねられていたに違いないわ。

 答えを返さない代わりに、杳さんはそれ以上このことには触れなかった。

 でも何となく分かっちゃった。杳さん、私たちが帰ってきたのが本当は嬉しいんだって。

 そう思いながら見ていたら、目が合った。

「頼みがあるんだけど」
「えっ?」
「美奈ちゃんが、一番力が強そうだから」

 どういう意味かと問い正そうとする前に、杳さんは早口で続けた。

「2−3分でいいんだ。呪文を唱えていて。簡単だからすぐに覚えて」

 そう言って杳さんは、何だか古めかしい、古文にでも出てきそうな言葉を私に覚えさせてくれた。

 自慢じゃないけど、私ってこういうの、超不得意。だって理系なのよ、これでも。

「それから、これを持っていて」

 杳さんは私にそっと何かを握らせてくれた。


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