第5章
巫女−弐−
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昨日まで何も変化がなかったと言うのに、今日の数時間の間にいきなり急展開したことに私は驚きを隠せない。
勾玉が何らかの力を秘めているらしいことは薄々気付いていたけれど、それが御伽噺のような事実に通じているなんて、普通、すぐには信じられないわよね。
でも、砂田さんは本気で、この杳さんも何か妙に説得力があって、私はそれに圧倒されている感じだった。
ま、信じるしかないことにも出会っているけどね。
「で、本当に勾玉を全部渡してしまうって言うんじゃないでしょうね?」
杳さんの話を一通り聞き終えたあと、砂田さんは言った。
「もちろん。人の命には代えられないだろう? あいつはあの子を殺してしまうことなんて平気だと思う」
「だからって、勾玉を渡してしまったらおしまいなのよ。分かってるの?」
「知らないよ。オレ、あんた達の仲間じゃないから」
「う…」
砂田さんは言葉に詰まる。
杳さんは言葉ではこんな風に言うけど、本当はすっごくお節介な人なんだと思った。だって関係ないとか言いながらも真剣になってくれてるって、分かるもの。
「…勾玉を渡してしまったら、どうなるの?」
本当のところ私にはよく分からなかった。大変って、何がどうなるって言うのかしら。
同じように疑問に思っているのか、清水くんも顔を上げる。
「父竜は殺戮(さつりく)の神と言われている。その力の程は知らないけど、復活すれば日本のひとつやふたつ、あっと言う間に沈んでしまうかも」
杳さんは冗談のように言ってくれた。それが本当とはとても思えないような言い方だったけど、何か信じてしまいそうだった。
「竜神達が束になっても勝てるのかな。ま、詳しいことはオレなんかより、ほら、美奈ちゃんの兄貴にでも聞いた方がいいかもね」
「は?」
砂田さんが頭に疑問符を飛ばしていた。
杳さんって、この人、一体何を知っているの? もしかして、お兄ちゃんが竜だって言ってるの?
疑問に思いながら杳さんを見ていると、目が合った。
「取り敢えず、オレの意見を言わせてもらえれば、勾玉は渡してしまった方がいいと思う」
「ちょーっと待って」
砂田さんがバンとテーブルに手をついて身を乗り出す。
「父竜が復活したら、その子の命だけじゃ済まないのよ。そりゃ命の重さは量れないけど、でもダメよ。その子が本当に『ひな』だと言うなら尚更、引き換えなんてできない。だって、私達、竜の宮の巫女の役目は、勾玉を守ることだもの。『ひな』も巫女なら、それは分かっていると思うわ」
力説する砂田さんを、杳さんは溜め息をついて見遣る。