第5章
巫女−弐−
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 はるか2300百年の昔、人と竜が共存していた時代があったと言う。

 日本の五つの地域に祭られた竜の勾玉と、その神官、巫女達、そして、守護する竜達。

 中央の宮は竜王の宮と呼ばれ、二人の竜王とその神子がいた。四方には四天王と呼ばれる竜神達が、それぞれに神子を従えて住んでいた。

 長く平和な日々が続いていたと言う。本当に平和な日々だった。

 壊れてしまったのはたったひとつの出来事から。それは竜達の長の守護する中央の宮で起こった。

 天を司る竜王が巫女を殺してしまったことから始まった。

 乱心をしたのだと言われた。竜王が神子――巫女であるその『あみや』を寵愛していたことは、遠くの地まで聞き及んでいた。

 祭りの時に出会った彼女は、誰の目をも引き付けた。

 それは彼女の内より溢れる聖なる力そのものよりも、生来の彼女独特の気質の方に心引かれる者が多かった。

 巫女に不似合いな、よく笑う少女だった。

 優しい瞳は、いつも前を見つめていた。鬼の子さえも心を開くのだとも聞いた。

 その彼女が竜王の剣にかかって死んだ後に、天地を裂くような戦いが始まった。

 乱心した竜王を止めようと他の竜神達が立ち上がったが、力及ばず次々に倒れていった。

 そして何とか竜王を鎮めた時には、竜神達は息絶えていた。

 最後に、残ったもうひとりの竜王が術をかけた。二度と愚かな時代が起きぬようにと願いを込めて、天竜王を封じた。

「私達はその後、勾玉をしかるべき所に祭ったわ。もともとこの勾玉は竜神達のものではなくて、竜神達の父である巨竜を封じたものと言われているから、彼らがいなくなったからと言って捨ててしまうわけにはいかなかった。黄玉だけはあのどさくさで分からなくなってしまったけれど、他の物は丁重に祀ることにしたわ。それがこの勾玉ってこと」

 砂田さんはそう言って、手の中の勾玉を見つめていた。

「そう言えばあの時、お兄ちゃんも変なこと言ってたわ」
「お兄さん?」
「西の正門を封印してたとか、何とか」

 言っちゃいけなかったのかしら。砂田さんの表情が強ばる。だからあわてて言い直す。

「あ、でもアナコンダみたいな化け物は竜が倒してくれたから」

 失言は失言を呼ぶらしい。

 私の言葉に砂田さんは、初め以上に怖い目を向けてきた。

「竜に会ったの?」

 ちょっと見ただけだと身を引きながら答えると、その分詰め寄ってくる。

「どの竜か分かる? 竜王なんかだったら、大変なことだわ」

 そんなこと私が知る訳ないじゃないの。第一、もしかしたらあれがお兄ちゃんかもしれないなんて、恥ずかしくて言えやしない。

「でも、それが本当なら、急がないと間に合わないかも」
「間に合わないって、何が?」
「もし他の竜神だったとしても、彼らが復活したってことはよ、あの竜王までも復活しちゃうかも知れないってことなの。現代にあんな化け物が出現してごらんなさい。大パニックだわ」

 そう言うと砂田さんはすっくと立ち上がる。

「美奈ちゃん、手伝ってくれるわね? 勾玉と、転生しているかも知れない仲間を捜すのよ。私達のできるのはこのくらいだもの」

 有無を言わせぬものがあった。私は彼女の迫力に、心ならずもうなずいていた。


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