第4章
巫女−壱−
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「杉浦…!」

 それは杉浦浅葱の姿だった。

 オレの表情に、化け物はニヤリと笑った。

「巫女をひとりと、勾玉をふたつ。どうみてもこちらの方が有利だと思うがな」
「きっさまっ!」

 飛び出して行こうとするオレを止めたのは、杳さんだった。

「簡単に挑発に乗るなよ。どうせ捕まえたって言っても、あの子は勾玉で結界を張ってる。そうそう手出しはできないよ、こいつらには」
「言ってくれるじゃないか。だがな、勘違いするなよ。手出しができないんじゃない。してないだけだ。言っただろう、お前らにはもう何の力もないんだからと」

 化け物は笑っていた。

 何度も無力だと言い続けなくてもいいだろうに。そりゃあ、オレはそうかも知れないけど。

 ふーっと、杳さんの溜め息が小さく聞こえた。

「条件は何?」
「君は察しが良くて助かるよ。条件は当然、他の三つの勾玉。揃えて来たらこの子は無事に返してやろう。期限は…そうだな一週間」

 そんなばかな。杉浦が一年以上もかけて探してきたものを、一週間だなんて無理だ。

 そう怒鳴ると、その化け物はまた笑った。

 何かすっごくオレのこと、ばかにしてないか、こいつは。

「こちらも急いでいるんでね。それ以上は待てない。第一、この坊やが持たないんじゃないのか?」

 悔しかった。手出しできないでいることも、気付いていながら杉浦を捕らえられてしまったことも。

「分かった。ただし渡せる勾玉はあとふたつだけだ。残りのひとつは既に消滅している。封印が解かれているのは知ってるだろう? 無用な筈だ」

 そんな、口から出まかせを誰が信じるんだか。

「そうか、ならば仕方がない。ふたつでも構わないよ」

 なのに、この化け物は杳の言葉を信じたようだった。

 オレは化け物と杳さんを交互に見比べた。

「商談成立だな。一週間後に連絡をよこせよ。受け渡し方法は、こちらがその時に指定する。以上だから、用が済んだらとっとと帰った方がいいんじゃない? そろそろこの結界を張った本人が帰って来るけど」
「フンッ」

 まだ何か言いたげだったそいつは、杳さんの最後の言葉に黙って従った。

 一瞬にして、化け物は空間の中に姿を消した。それは昨日現れた時と同じように、違和感を残しながら。

 杳さんはそいつが消えた方向を黙ってしばらく見ていた。

 彼の横顔には何の色も浮かんでいなかった。

 オレはこの人に聞きたいことが山ほどあった。





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