第4章
巫女−壱−
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「仕方のない奴…」
10分と走らないうちに気持ちが悪くなった。
この人の運転は、とても運転なんて言えたものじゃない。ジェットコースターよりひどかった。
「ちょっと休憩するか」
そう言って立ち寄ったのは、田園風景の中にポツンとあった喫茶店だった。コーヒーは嫌いだと言って紅茶を頼んだ杳さん、ついでにオレにも出世払いでいいからと奢ってくれた。
親切なんだか何なんだかよく分からない人だった。
「翔くんは多分、学校祭の準備に行ったんじゃないかな。実行委員やってるって言ってたから」
運ばれてきた紅茶に口をつけながら、杳さんは言った。
もしかして、それが朝食兼昼食なんだろうか。高校3年男子が?
「土日は5時までしかできない筈だから、6時前には戻ると思うよ」
「そんなに遅いんですか…」
後先考えずに来てしまったため、すっごく不安になる。
「翔くんに何の用なの? そんなに急ぐって」
「えっ、ええ…」
オレはどうしようかと迷った。話していいものかどうか。話して信じてもらえるかどうか。話して安全かどうか。
答えずにいる間、杳さんはじっとオレを観察でもしているかのように見ていた。
何だか妙に恥ずかしいものがあった。
だけど杳さんはぶしつけで――。
「さっき勾玉がどうとか言ってたよね。あれと関係あること?」
聞かれて動揺が出たのだと思う。この人には嘘はつけないなと、思った。初めて会った人なのに。
「実はオレ、竜の勾玉っていうのを持っていたんです。今は人に渡してしまったんですけど」
気がつけばオレは知っていることを全部話していた。
杉浦の時と言い、オレって案外口が軽いのかもしれない。
だけど全部話してしまったのは、杳さんが黙って笑わずに聞いてくれたからって言うのも原因にあると思う。こんな嘘臭い話なのに。
話してしまってから、杳さんはしばらく無言でティカップを見ていた。
「勾玉に何があるのかは分からないんですけど、不思議な力が宿っているのは確かみたいなんです。どう悪用するのかは知りませんが、オレ、杉浦のことが心配でここまで追って来たんです」
「翔くんが、残りの勾玉のことを知っているんじゃないかと思って? 残念だけど、それ、翔くんじゃないよ」
真剣な顔をあげて杳さんは言った。
「勾玉はオレが持っていたんだ。翔くんの兄の澪さんから預かって…」
「ホントですか?」
思わず身を乗り出して、声も大きくなってしまった。そんなオレを咎めるでもなく、杳さんは続けた。
「ちょっとゴタゴタがあってね、今はある場所に保管している。オレ以外は誰も手出しできない場所だから、奪われることもないと…思う」
そう言った杳さんの顔からは、表情の色がなくなっていた。何かあるなと思ったけど、とりあえず黙っておくことにした。
「まずはその杉浦くんだっけ? その子を捜すことから始めないとね。オレんちに来るんだろ?」
そうだった。こうしている間にも、入れ違いになってしまったら大変だった。
慌てて立ち上がろうとして、またあのバイクの振動を思い出した。
「う…」
喉に込み上げそうになるのはただの気の所為だったが、当分あれには乗りたくなかった。
それを見て取って杳さんは、笑いながら言った。
「この近くに知り合いの家があるから、何ならそこで待ってる?」
ありがたいお言葉だった。
だけど、杉浦のことも心配だったので、何とか立ち上がる。
ここで逃げたら美少年の名が廃る。…もう廃りきってるかも知れないけど。
「連れてってください。もう大丈夫です」
「あっそう」
精一杯の空元気を出すオレに、杳さんはものすごく素っ気なかった。
* * *