第4章
巫女−壱−
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咄嗟に出てきた言葉がこれなんて、たった一日で杉浦に感化されてしまったのかもしれない。予想どおり、思いっ切り不審そうな声が返ってきた。
『新手のセールスか何かだったらお断りだけど』
「違うっ、違うっ、違いますっ!」
今度こそ本当に電話を切られそうになった。慌てて弁解するオレ。何やってんだか。
「オレ、葵くんの福井でのクラスメートで、清水碧海と言います」
『ああ…』
名乗って正解。声が少し和らいだ気がした。
「事情があって、今岡山駅にいるんです。葵くんに会って話したいことがあって」
『岡山駅?』
「時間がなかったんです。昨日のうちに電話でも入れておけばよかったんですけど、急だったものだから。でも本当に急いでいるんです」
オレは必死だった。何せここで見捨てられたら途方に暮れる。相手はそのオレの言葉をどう取ったのか、しばらく沈黙した後、言った。
『…そこからなら瀬戸大橋線から宇野線に乗り継いで、…いや、瀬戸大橋線の普通列車に乗って妹尾(せのお)駅で降りるといいよ。迎えに行ってやるから』
「ほんとにっ?」
信じられなかった。見ず知らずなのに、本当にそこまでしてくれるのか? バカなヤツってオレだけじゃないのかもしれない。
結局オレはその人――葵の従兄の杳さんに指示されるまま、電車を乗り継いだ。
* * *
顔が全然分からないと言うと、葵とよく似てているからすぐ分かると杳さんは言った。
ま、降りた駅がさほど大きくない所だったので迷うことはなかったけど、それでも不安は拭いきれなかった。
ここまできてしまったけど、これからどうしていいものかは分からない。
杉浦の足跡を掴まないことにはどうにもならないし、掴んだからと言ってどうなるものかも分からなかった。
とにかく、葵に会えば何とかなるような気がしていた。
オレは指定された駅のベンチに腰をかけてぼんやりとしていた。30分くらい待っただろうか、いきなり声をかけられた。
「清水碧海くん?」
名を呼ばれて振り向く。そこにはメットを片手にした美人が立っていた。
その時、ゆらりと体が傾くような感じがした。慌てて態勢を作り直して、何だろうと思う。この人を見た途端に何かが思い出せそうな気がした。
昨夜見てすっかり忘れてしまった夢を思い出せるような、そんな感じに似ていた。
「あれ、ごめん、人違いだった?」
その美人はオレがボーッとしているのを見て、くるりと背を向けようとする。はっとしてオレは立ち上がって追いかける。
「オ、オレ、清水です。待ってください」
ここで見捨てられたら、今夜は野宿しかなかった。
* * *
その美人――確かに似てるけど、葵とは違った意味で目立つ人だ――は葵杳と名乗った。
年はオレより一つ上の高校3年だって。追い込みに入っている受験生が今の時期、昼まで寝ているものかと少々疑わしい。そう思ったが口には出さなかった。
それをすかさず見透かしでもしたかのように返してきた言葉。
「ちょっと朝方まで寝られなくて起きてたんだよ。人が起きてみれば家族全員留守にしているし、おまけにあのバカは…」
「は?」
綺麗な眉を少し寄せる杳さんは、しかしすぐに言いかけた言葉を飲み込んだ。
「それよりオレ、朝食まだなんだ。どこかで食べていかない?」
断れないものがあった。だけどオレはお金を持っていなかった。そう言うと杳さんは少し冷めた目を向ける。
「お金ないって、帰りはどうする気? 翔くんにでも送ってもらう?」
「…は?」
意味が飲み込めず聞き返すオレに、何でもないよと杳さんは笑った。
そんな杳さんの些細な仕草に何だかすごくドキドキする。昨日からオレって少し変かも。
この感情の正体がつかめないでいるオレに、杳さんは持っていたメットを放ってよこした。
「ちょっとスピード出すけど、平気だろ?」
そう言ってポンポンと叩いたバイクは結構大きかった。
* * *