第4章
巫女−壱−
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「それで、その勾玉を君が持っているってわけか」
杉浦は取り澄ました表情のまま、そう呟いた。
オレ達は逃げて逃げて、結局オレのうちまでこいつはついて来た。
母さんに「文通友達なんです」とさらりと言ってのけたこいつは、実際オレと同い年だった。ただし、全国を勾玉を探して旅しているため、高校へは通っていないらしい。
今時信じられないような事をやっているヤツもいるものだと、半分感心しながらも、思いっきり呆れた。
杉浦の話だと、オレやこいつの持っているのと同じものが他にも三つあるらしい。よく古代資料館なんかに陳列されている勾玉と素材は同じものなんだとか。
地球外物質でできているのではないのに、少々ガッカリする自分の幼稚さに少しガックリしながら。
そんなオレを無表情に杉浦は観察していた。
「君が出会ったのは、多分水竜の瀬緒(せお)だろう。竜達も復活し始めているのかもしれない。彼らの復活も父竜の復活に何か関係しているのかも知れない。さっきのヤツは父竜の手下のひとりなんだ。父竜を復活せしめようと勾玉を狙っているんだよ」
はい? 父竜?
何か言っていることが非現実的すぎるような気がする。つか、良く分からないんだけど。
こんなの、普通だったら何寝ぼけてるんだとたたき出しているところだけど、水無瀬村でのことを経験して、その上さっきの空間から出現した化け物を見ているオレとしちゃあ、渋々でも耳を傾けるしかないじゃないか。
「父竜は五つの勾玉によって封印されている。これを守り抜けば復活は阻止できるんだ。だから何としても守らなきゃならない。君が持っていても彼らの手に渡るのは時間の問題だ。そうならないためにも僕に渡してもらいたい」
もともと勾玉はオレにとっては無用の長物にすぎないのだから、誰にくれてやったとしても何の支障もない。持っているだけで得体の知れない化け物に追われるくらいならとっととこいつに渡してしまった方がいいに違いない。
そうは思うんだけど、オレの中で何かが引っ掛かっていた。
「…渡してやってもいいけど、ひとつだけ教えろよ」
渡すと言う言葉に気を緩めたのか、杉浦の表情が少しだけ和らいで見えた。
「答えられる範囲なら何でも」
「お前にとってじゃなくて、オレにとっての敵はどいつなんだ?」
オレの問いかけに一瞬驚いたように目を見開いてから、杉浦は答えた。
「君が巫女だったとしたら竜王って答えるところなんだけどね。取り敢えず人間達の敵っていうのは父竜だね。破壊と殺戮以外の感情をすべて滅してしまった巨竜だ。彼が目覚めたら終わりだよ」
だから、もっと分かるように話してくれよ。眉をひそめるオレに、杉浦は苦笑する。
「いいさ、君は分からなくても。勾玉を守るのは僕達綺羅の巫女の務めだから」
杉浦の持つ勾玉は赤く光っていた。さっきのような輝きはないけど、どこか神々しさを感じた。オレが持っていた時にはあんな風には見えなかったけど。
オレは何だかんだと言ってもいつも離さずに持っていた勾玉をリュックから取り出した。ハンカチにくるんでいたそれをそっと開く。
瞬間、目の中に飛び込んで来た青い光。眩しい程の光量ではないけど、目を射るものがあった。
何かの感情が体の中に入り込んで来る、そんな気がした。
「…本当に君は巫女ではないの?」
不思議そうな声に顔を上げると、杉浦の覗き込んだ顔がそこにあった。
不意を突かれた思いでオレは驚き、身を引く。
そんなオレに杉浦はまた苦笑する。
「ゴメン。だけどその勾玉は本当に君に反応しているみたいだね。まるで…」
言いかけて、杉浦は口ごもる。
それから、少しだけ寂しそうな顔をする。