第4章
巫女−壱−
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内心が顔に出てしまったのか、杉浦はあっさりと答える。
「僕の勾玉が反応しているからね」
やっぱり、オレ、こいつの事嫌いみたいだ。
そう改めて思い直した時、「そいつ」が空間を裂いて現れた。
オレの目にはまるで合成画像を見ているように映った。何もない空気の中から人間が姿を現したんだ。
「なっ…!」
驚きに思わず喉が鳴る。そのオレの耳に杉浦の舌打ちするのが聞こえた。
「見つかったか」
「あまりてこずらせないでくれないか。私も忙しい身なんでね」
空気から生えて来た人間がしゃべった。
そう、生えたんだ、何もない所から。有り得ねぇってのっ。
オレは口をパクパクさせていただけだった。そのオレをおもしろそうに見遣る。
「間抜けそうな仲間で、残念だったな」
杉浦はそいつの言葉に肩を竦めただけだった。
オレは自分の事を言われ――オレのこと、いってんだよな、きっと――、カッときて怒鳴っていた。
「誰が間抜けだっ。あんたは化け物だろうがっ!」
「ふーん」
ニヤリと口元に笑みを浮かべて見せるそいつ。端正な顔だけにオレはゾッとした。
こいつ、あの大蛇に感じが似ている。
直感でそう思った。
「面白い発想だね。私は決して化け物などではないのだが。それどころかその昔は神の使いと言われていたんだがね」
そいつの体から立ちのぼるもの。ゆらゆらと陽炎のように揺らめいて形を取り始める。
炎のような紅い羽根が散って、オレの身にまとわりついた。
「ばかっ、逃げるよ!」
ぼーっとしてしまったオレの手を掴んで、杉浦が駆け出した。
* * *
「どこまで逃げても同じこと。そろそろ観念したらどうだ?」
袋小路に追い詰められて、オレ達は追っ手を振り返る。
どうしてオレまで逃げなきゃならないのか、考えると腹が立ってくる。
だけどあいつの目当ても、この杉浦の目当ても、オレの持っている勾玉にあるんだから、仕方がないか。
でも、待てよ。オレは別にこの勾玉に何の義理もなかったような気がする。たまたま成り行きで持って帰ってしまったけど、もともとオレのじゃないんだし。
渡してしまおうか…。
そう思った時、隣にいた杉浦が何やらぶつぶつとつぶやき始めた。もしやおかしくなってしまったのかと心配しかけて、振り返る。
勾玉が、背負ったオレのリュックの中で光り始めた。あの時と同じように青い光を放って。
そしてもうひとつ、杉浦の手にある玉も同じように赤い光を放っていた。
「ふっ、そんな物で私を封じようとでも言うか」
そいつは何ともない様子で近づいて来た。すっごく危険な匂いがした。
この杉浦のことも知れたものじゃないけど、こっちの化け物の方がもっと危ない気がした。
そいつはオレ達に近づくと、ニヤリと笑いやがる。
あの水無瀬村にいた大蛇の化け物はこの勾玉の光を恐れたけど、こいつには効かないのかも知れない。
諦めないで呪文のようなものを呟いている杉浦にオレは苛々する。
「その勾玉を渡せ。命までは取るつもりはないんだから」
そう言ったヤツの目を信じられるものではなかった。生々しい血を好む獣の匂いがする。
「さあ」
手を差し出すそいつに、オレは足蹴りをお見舞いした。
まさか命中するとは思わなかったんだけど、そいつは横飛びに傍らの塀にぶち当たった。
意外なことに化け物にも痛覚はあるらしかった。
「きみ…」
杉浦はアッケに取られた表情でオレを見遣り、すぐさまオレの腕を取った。
「今のうちだ」
こいつの反応の素早さに、オレは素直に従った。
* * *