第3章
古寺への招待
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ぞっくと背筋の寒くなる私に、隙間の外から見ていたお爺さんが声をかける。
「欲深い和尚よ。勾玉を奪ってそこに逃げ込んだままのたれ死んでしもうた。わしが恐ろしいなら盗まねばよいものを、な」
じゃあ、お兄ちゃんはこの場所から勾玉を盗んだって訳? あの時のはっきりしない物言いは、これの所為だったってこと?
お爺さんの顔が醜く歪む。ぞっとして私は後ずさる。と、また足の下で物の砕ける音――これって…。
ああ、もう、こんな時思いっきり理性をふっとばして大きな悲鳴でも出せたらいいのに、私ったらあまりにも冷静なのよね。
「じゃあこの勾玉はこの寺のお護りじゃないのね」
「わしの物じゃよ。わしが長い間守ってきた白玉じゃ。さあ、お嬢ちゃん良い子じゃから、わしにその玉を渡してくれんか」
ガラリと足元で今度こそは、確かに勾玉の音がした。私はお行儀悪いと思いながらも足でそれを掬い上げた。
「でもお爺さんはこの寺の寺守りなんでしょ?」
お爺さんの口元が笑う。
「わしはこの山の主じゃ。ずっと昔からこの山に住みついておる。わしの本当の姿が見たいかね」
笑った口元が見る間に裂けていく。私は目を逸らすことができずに勾玉を握り締めた。
自分でも結構度胸あると思う。お爺さんが次第に化け物に変わって行く姿を最後まで見ていたんだもの。まあ、グロいなんてものじゃないわ。それがなまじ人間の形をしていただけに気持ち悪いったらありゃしない。
そして一体何に変わるのかと思いきや、何のことはない、青大将だった。いや、かなり大きかったけどね。由加だったら、あっと言う間に悲鳴を上げて飛んで逃げてると思うわ。
こんなヤツ怖がってこの和尚さんってば、ここでのたれ死んじゃったわけ? 死ぬ前に情けないよね。
私はゆっくり後ずさりながら青大将のいる反対側の隙間から出ようとした。と、後ろでガサゴソという音がした。床を何かが滑る音のようだった。振り返って見るとそこには長い物――青大将の尾があった。
げっ。もしかしてこいつってこんなに大きいの? アナコンダじゃあるまいし、これじゃホントに化け物じゃないっ!
焦っている私に向かって、アナコンダの爺さんはにんまりと笑った。
「さあ、その勾玉を返してもらおうか。わしの大事な宝じゃて」
どこから声が出てるのよっ。
「返したらあたしを取って食べるんでしょ! この和尚さんもそう思ってここへ逃げ込んだのね」
逆に言うとここにいる限り安全なのかもしれない。でも何で? この隙間は私だって入れるくらいあるわ。このアナコンダだって入ろうと思えばできる筈。何かあるのかしら。
「わしは人など食ったりはせん」
「ほほーっ。じゃあ、何を餌にしているのかしら、興味深いわね。まさか霞をたべて生きている訳じゃないでしょう」
仙人じゃあるまいし。アナコンダは人間をとって食べるに決まっている。日本昔話に出て来る化け物なんてほとんどみんなそうじゃない。
「その勾玉がある限り、わしは生きながらえることができる。無用な殺生はせん」
本当でしょうね。どうも、外見からは全く信じられないのよね。