第3章
古寺への招待
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 仏殿というだけあって、中には仏檀しかおいてなかった。ここの仏様は変わった格好をしていた。体は人の形をしているのに、顔だけがワニのような顔――多分竜なのだろう――をしていた。それも二体、お雛様よろしく仲良く並んで飾られている。

 どちらとも木で作られた古ぼけた物だけれど、よくよく見るとそれぞれに個性があるみたい。向かって左は剣なんて持っちゃって、いかにも戦いまーすって、ギリシャ神話のマーズみたい。で、右側の仏様は両手にしっかりと何かを握り締めている。何だろうと近づいて見ると小さな手鏡に似ている。そう言えば鏡って昔はすっごく貴重だったんだよね。

 じゃあこの仏様って、当時の豪族が自分をモデルにして作らせたのかしら。道具があれば神にも仏にでもなれた時代なのね。この勾玉もその時の豪族の証しかしら。

 …あれ、仏教が日本に渡って来たのっていつだっけ? えーっと、えーっと…私、歴史って苦手なのよね、お兄ちゃんと違って。ま、いいわ。

 と言うことは、この寺ができた――竜を祀るようになったのは当然仏教が伝来した後のことよね。つまり紀元後の話よね。最近じゃない。それなのに竜なんて歴史の教科書に一行たりとも出てこないわよ。ふんっ、やっぱこの地方の豪族がその力を誇示するために作らせた偽物なのね、ここって。ということは仏教ともあまり関係ないみたいね。でもそれなのに和尚さんはいたのか。変な話。

 で、この勾玉どこに置いてあったものかしら。まさか仏壇に飾る物でもないでしょうに。

 ま、いいか。盗って帰るよりマシよね。

 私は自分にそう言い聞かせて、勾玉を仏壇の仏様二体の真ん中に置こうと思って放り投げた。だって手の届かない仕切りの向こうにあったかから。でもちょっと目標を誤ったみたい。勾玉は仏壇の向こう側、壁との隙間に落ちてしまった。

 面倒くさいな。お兄ちゃんが泥棒したりするから。

 文句を言いながら私は仏壇の裏へ回った。そこにはようやく人一人が入れる隙間が開いている。ラッキー。取るのは簡単みたい。

 私は何のためらいもなくその隙間に入った。

 さすがにここまで星明かりは届かなくて、手探りで探さなくっちゃならなかったけど。

 と、何かに手が触れた。堅い物。

「何だろう」

 ふとつぶやいた言葉に答える声。

「和尚じゃよ」

 振り返ったそこに立っていたのは、寺守りのお爺さんだった。

 人が入って来る物音も気配もしなかったのに。

 私はさすがに驚いて小さく悲鳴を上げた。

「夜遅くにこんなところで何をしておる」

 うすぼんやりと判別できるお爺さんの顔は、昼間と同じようににっこり笑っている。だけど目は――暗がりなのに妙に光って見えるお爺さんの目は、明らかに怒気を含んでいた。

「眠れなかったのでちょっと散歩を…」
「そうかね。じゃあ早くそこから出ておいで」
「あの…でも…ちょっと」

 勾玉落っことしちゃったままなのよね。そう思いながら私はゆっくり立ち上がった。その時足元でパキッという音、何か踏み付けたみたい。そう言えばさっきの堅い物…和尚って…半年前に修行に出たって…。

 まさかっ。


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