第3章
古寺への招待
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「この寺は古いものらしいですけど、由緒あるものなんですか?」
「古いと言っても、それだけが取りえの寺での」
「ここの門に彫りこまれていた印は何ですか? 竜か何か…」
「よく見ておられるの」

 お爺さんは、ちょっと得意顔になる。

 山門の梁に刻まれていた文様は、私も目にした。尾っぽの長い爬虫類のように見えた。ちょっと気持ち悪かったのを思い出して、表情に出してしまった。それをこのお爺さん、目ざとく見付けたらしく、睨んで来た。

 フォローをいれてくれたのはお兄ちゃん。やっぱり年の功だけはあるわね。

「神社っていうのならともかく、寺に竜っていうのも珍しいですね。なにか曰(いわ)くでもあるんですか?」
「この地の人々が昔竜神を祀っていたので、その名残じゃと言うことじゃ。詳しくは文献もないことで解らんことじゃが」
「竜って、あの、日本昔話に出て来るヤツ?」

 由加の興味本位の言葉にお爺さんは口調柔らかに答えた。でも顔が怒っているように見えるのは私だけなのかしら。

「遠い昔、この世を治めていのは竜神様だったという話じゃ。天にも地にもその力は及んで、人々も平和に暮らしておった時代があったそうじゃ。その折り、この寺も建てられたんじゃて」

 だけど竜の治める世はいつまでもは続かなかった。竜神が人間を裏切ったのか、人間が竜神を欺いたのか、いつか守護する神の姿はこの地上から消えうせた。そういうお爺さんの話だった。

 うーん、いかにもお兄ちゃんのよろこびそうな話だこと。ちらりと見遣ると、これまた真剣な顔をして聞き入っている。こう言うところ、ちょっと可愛いかもしれない。

「それではここに竜をあがめたという人々が住んでいたというのですね。寺があったということはこの近くに町があったということですよね」
「さあな、あったかもしれん。じゃが今はそんなもの形も残っておらん」

 そうでしょうとも。ここへ来る途中には家や村はおろか、人っ子一人出会わなかったんだもの。ここに寺があること自体不思議だわ」

「他にも竜神にまつわることってないですか? 装飾品とか武具とかにその文様が記されているとか…」

 前のめりになって聞くお兄ちゃんに、お爺さんはさすがに不審そうな表情を見せた。それに気付いてお兄ちゃんは居住まいを直して見せる。

「俺、大学で民俗学を専攻しているんです。民話とか伝説とか好きで…、で、研究課題に日本の竜神伝説をもってきていまして、卒論ももうこれに決めているんです」
「ほーお」

 遊びほうける者が大学生の大半である昨今、何とまあ勉強熱心なことと、知らない人が聞いたら感心するだろう事柄。だけど、私は知っている。お兄ちゃんは勉強熱心なんかじゃなくて、単に物好きなだけなのよ。大体、一年の時から卒論のテーマを決めてるって、変じゃん。

「どんな小さなことでもいいんです。教えていただけませんか?」
「残念じゃがさっきも言ったように、今残っているものは何もないのじゃ」
「何も…ですか?」
「和尚がどこへやってしまったものか、とうに盗っ人にでも持って行かれたか」

 残念でした。力いっぱいがっかりした表情のお兄ちゃんの目的は、ここでぷっつり断たれてしまった。

 何を期待してたんだか。


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