第2章
かわいた雨
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「大丈夫か、お嬢さん」

 頭の上からそう言ったのは静川さんだった。熟睡していたんじゃなかったのか。

「ここの竜神伝説はやっかいなものらしいな」

 そう呟きながら静川さんはオレを助け起こしてくれる。それからゆっくりとその大蛇に近づいて覗き込んだ。

 その静川さんの後ろから同じように覗き込んでオレは聞いてみる。

「こんな大っきいの、日本にもいたんだ?」
「さあな。もっとでかいのもいるかもしれないな」

 そういう冗談を、マジな顔で言わないで欲しかったりする。

 それにしてもこの大蛇どうなってしまったんだろうか。ついさっきまで不気味な目をしてオレを見ていたというのに。

「清水、服に着替えろ」
「えっ?」

 オレは静川さんを見る。彼は部屋の隅に転がっていた、青くぼんやりと浮かぶように光る何かを拾い上げていた。

「どっか行くの?」
「まがい物にもタチの悪いヤツってのがあるのさ。ここのは……」

 静川さんの目が青く光って見えたのは見まちがいだったのだろうか。

 オレはTシャツとジーンズを引っかけると、手近の荷物をかき集めた。

 オレがそうしたのは単に大蛇が他にもいるかもしれないという不安からじゃない。この家に、この古い村に感じていた気味の悪さが夜と共に増して来たことと、静川さんの有無を言わせぬ雰囲気からだった。

 そうだった。この人にはあの葵翔に通じるものがあるのだった。

 家の奥の方では、他の物音が聞こえていた。夏菜達だろうか。

「夏菜は?」
「放っておけ。彼女も元々はこの村の者だ」

 そう言った静川さんは何を考えていたのだろうか。

 オレは寝る前に夏菜の語った話を思い出していた。

 竜神に捧げられた娘達の産み落とした人ならぬ形をした赤ん坊。その血を引くという夏菜達。そしてさっきのこの大蛇。

 オレの背中をゾクリとしたものが走った。

 はっきり言って変なテレビの見すぎのような気がする。気がするが、それがこんな古い村では最もらしくはびこっているような気もする訳で。

 どっちにしてもオレの気分は昼間の軽さとは比べ様もないほど重くよどんでいた。


   * * *



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