第1章
いのちの闇
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そのまま優は浅葱の病室を訪ねることをしなかった。
行っても喧嘩になるだろうし、優も気分悪くなるのは御免だった。
そんな折だった。入院している筈の浅葱の方から訪ねてきたのは。
それは部活帰りの、夕方のことだった。
「お帰り」
柔らかな笑顔を向けてくる浅葱が、今までとどこか違って見えたのは、優の目の錯覚だろうか。
「…お前、退院したのか?」
「まだ、ちょっとね。抜け出してきちゃった」
そう言って、また笑った。
あのおどおどとした様子がすっかり消えていた。
何があったのかと思いあぐねている優に、浅葱は少しだけ付き合ってくれと言って歩き始めた。
「僕ね、卒業したら旅をしようと思っているんだ」
「…は?」
突拍子もないことを言い出した浅葱に、優は間抜けた声を返した。
「学校にはいつだって行けるけど、今、やらなきゃいけないことがあるんだ」
それは今まで優が見たこともないような浅葱の真剣だった。
優は信じられないものを見るように、先を歩く浅葱の背中を見遣っていた。
こんなふうに浅葱の背中を見ながら歩いたことがあっただろうか。いつも人の後ろを歩いていたヤツなのにと、優は軽い嫉妬をして、それから何か訳の分からない喪失感を感じた。
そんな優に、振り向いて笑顔を見せる浅葱。
「優…さん、僕達の家系は古い血を引いているんだよ。あの勾玉を守ってきた竜神の巫女の血筋なんだ」
浅葱の言葉に優はしばし沈黙した後、はき捨てるように返していた。
「…ばっかじゃねぇの」
何を言い出すのかと思ったら、祖父の夢の続きのような事を言ってきた。一瞬つられて優まで真剣になりかけただけ、馬鹿をみた思いがした。
「お前、気は確かか? 今の時代に竜もないだろう」
「そうだね。でもあの勾玉は本物だよ」
「何をどう鑑定したら本物になるって言うんだよ。あれはただの昔の装飾品だろ。お前、じいさんにアテられたんじゃないか?」
「そんな…」
浅葱は不満そうな表情をして、それから静かに目を伏せた。