第1章
いのちの闇
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「何を忘れたんだ、もう夜中遅いんだぞ、私だって明日は仕事に出ないとならない、早くしろよ」
云々。車から飛び出して行く優に向かって父は言った。
優はそんな父を無視して、玄関を叩いた。
家の雨戸はどこも閉まっていて入れそうもない。玄関には当然鍵がかかっていた。
さっきここを出てから一時間とたっていないが、浅葱はもう眠ってしまったのだろうか。
ふと優はその時、背後に何物かの気配を感じた。それは身を震わせる程の冷たい気配だった。とっさに身構えて振り向いた。
確かに、何かがそこにいた筈だった。しかし、振り返った優の目には、ただ闇が映っただけだった。
優は無性に不安になった。そして駆け出す。
優は雨戸のない浅葱の部屋の下までやってきた。カーテンは閉まり、電灯も消えていた。
「浅葱、眠ったのか? 浅葱」
優は遠慮なく窓ガラスを叩いた。
が、しばらく待っても中からの反応はなかった。
もう一度試してみる。これが町中だったら近所迷惑だと怒鳴られるだろうが、田舎なもので遠慮なしだ。
しかし、浅葱は一向に起きてこなかった。どこかへ出掛けてしまったのだろうか。いやまさかこんな時間にそれはないだろう。では他の部屋で寝ているとか。例えば祖父の部屋とか。
優は祖父の部屋へ行こうと足を向けかけた。そのときふと背中をゾクリとさせる記憶がかすめた。
数日前のこと、何者かに浅葱が襲われたことがあったではないか。
本人は誰にも言うなと、何でもないと言い張ったが、単なる物取りの侵入にしては浅葱の様子がおかしかった。今頃気付くなんてバカかもしれないが、浅葱を一人にしない方が良かったのではないだろうか。
あの気弱で軟弱で、昔から人の後ろをついて歩くことしかできなかった浅葱。