第1章
いのちの闇
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「落ち着いたら、相続の手続きをしないとな」

 父が言った。

 優は勝手にしてくれという気分だった。

 何故なのか分からない。

 気持ちがザワザワとざわついて心地が悪かった。何かが不安でたまらなかった。

 その一方で、父は上機嫌の様子だった。

 優は蹴飛ばしてやりたくなった。

「しかし浅葱も欲のない」

 浅葱の名前に、ケリを準備していた優の足は止まった。

「遺言の、半分のお前の分はともかくとして、自分の分を分与するそうだ」
「は?」

 カーラジオの音を小さくして、優は父に聞き返した。

 財産を分与するとはどういうことなのか。それでは浅葱は一体どうすると言うのか。せめて学校を卒業するだけの金は残しているのだろうか。浅葱のことだから、まさか何もかも全部なんて言ってやしないだろうか。

 いきなり優は心配になってきた。

 今すぐ逆戻りして胸倉つかんで何考えてんだバカ野郎と、一言怒鳴ってやりたい衝動にかられた。

「浅葱は、母親方の親戚の家へ行くそうだ」

 父の言葉に耳を傾げた。

 優はそんな親戚がいたなんて話は、一度も浅葱の口から聞いたことはなかった。今日の葬儀にもそれらしい人物の姿など見えなかった。優が来る前に帰ってしまったのかも知れないが。

 どちらにしても付き合いの深いところではないだろうし、そんなところへ行っても肩身の狭い思いをするだけではないのか。

 そう思った途端、優は怒鳴っていた。

「忘れものした。引き返してくれ」


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