第1章
いのちの闇
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 浅葱は驚いてそれをつかまえる。そして言った言葉。

「何て罰当たりなことをするんだよ。これは神器だよっ」

 片方の手の中に収まる程のピンポン玉くらいの小さな玉――深い紅色をしたそれが、それほど大切なものには思えなかったので、優は浅葱の言葉に目を丸くした。

 すると浅葱の方も声高にしたことを恥じたように顔を赤くする。まったく何てお坊ちゃんなのか。

 突っ立ったままでは何だからと、座るように促す優に、浅葱はやっと笑顔を見せた。

 浅葱は優の正面に静かに正座すると、畳の上に勾玉を置いた。そして代わりに巻物を手に取る。

 ねじれて団子結びになっていた巻物の紐を、白く細い指が器用にほどいていった。

 広げた巻物には絵と、数行の文章が並んでいた。

「何だ?」

 浅葱はそれを優の方へ向けて置いた。

 そこには幾匹かの細長いもの――竜と思えるものが乱舞していた。

「この勾玉はきっとこれだね」

 竜達の一番下に五つばかりの小さな石ころが並んでいた。浅葱の指さしたのはそのうちの一つ、朱に塗り分けられたものだった。

「ふんっ、こんなもの何になるっていうんだ。つまんねぇ」

 優はつぶやき、浅葱を見る。が、浅葱は優の言葉など耳に入らなかったらしく、熱心に巻物に目を落としていた。

 どうやらそこに書かれている難解な文字を読んでいるらしかった。元来ミミズの這ったような文字を逆さからでは読みにくかろうと優が親切にもそれを浅葱の方へ向けてやると、いたく感激したらしく、満面の笑みを浮かべて見せた。

「何て書いてあるか分かるか?」

 優が聞くと浅葱は小首を傾げながら答える。

「うん、多分こう書いてあるんだと思う。『昔いずこより竜の神現れ人の世大いに乱る。天割れ、大地裂け、怒りのいかづち満つ。人々の祈り溢れ、西の地、東の地、南の地、北の地にて勾玉生まるる。』」

 そこまで読んで浅葱は数文字とばす。何分この巻物も古いものらしく、破れたり染みになったりした部分が多かったのだ。そして浅葱は読める文字を見付けて続ける。

「『天の剣、地の鏡、竜の神を導き映さん』かな?」

 他にも何やら怪しげな文字が浮かんでいたが、浅葱は断念したらしかった。優の目を伺ってから、またするすると巻もどし、きれいに紐を結んで優の前へ置いた。

「これはまさるちゃんに」
「いらねぇよ。お前にやるって」

 浅葱は静かに首を振り、優に笑いかけながら言う。

「これはまさるちゃんが持っていて」

 そう言って優の手にむりやり握らせて、ふと浅葱はその表情に暗い影をよぎらせる。

「僕がいなくなれば、この家のすべてまさるちゃんが守ってね」

 優が何事かと目を見はった次の瞬間には、浅葱はいつもの笑みを浮かべていた。


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