第1章
いのちの闇
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 その日、夕食を食べ終わると、優は父の運転する車に乗せられ、自宅から一時間程のところにある祖父の家へと向かった。

 そう言えば今年の正月はじいさんが入院中で、行ってもお年玉がもらえないと、優は留守番をしていた。ここへ来るのは去年の正月以来かと、広い屋敷を眺めながら優は思った。

 祖父は、奥の間に床を敷いて横になっていた。随分とひからびた顔をしている。

「優か、よく来たの」

 何だ、まだ優が誰なのか区別がつくのか。病に伏して久しいし、年も年なのだから半分ぼけているのではないかと思い込んでいた優は意外だった。

「どうした、そんな妙な顔をして」
「あんまりじいさんが元気そうなんで、拍子抜けしてんだよ」

 まっくだ。こんな元気なのに父は毎日見舞いに来てたのか。祖父は優の言葉に、大口を開けて笑い始めた。これじゃあ当分何事も起こらないだろうと思われた。

 優は出された茶菓子に食いつきながら、あぐらをかいた。父は先にこの部屋を退出していた。出て行く際、優にちらりと目配せをして行ったが、無視した。

「優はもう高校生か?」
「ああ」
「学校は楽しいか?」
「ああ」

 お決まりの質問に相変わらずのぶっきらぼうで答える。が、それでも祖父が優に向ける表情は優しかった。

 昔はよくここへ遊びに来ていた。夏休みなどは何週間もこの家で過ごしたこともあった。その度に祖父はよく優の相手をしてくれたし、むしろ仕事一本槍だった父より近い存在だったのではないかと、ふと思い出した。

 そのとき障子の向こうで声がした。

「おじいさん、お呼びでしょうか」

 静かに障子が開き、姿を現したのは従弟の浅葱だった。


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