第1章
いのちの闇
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 優は自分の部屋に鞄を放り投げ、ベッドの上に上着を脱ぎ捨てると、すぐに父の部屋に向かった。

 居間では相変わらず姉が甲高い笑い声をたててテレビを見ていた。

 父の部屋には随分長いこと入ったことがないように思う。入る必要も入る気もなかったから当たり前かもしれないが、それにしてもいつ来ても気の落ち着けない所だ。

 優は座布団の上にどかっと座り込むと、面倒くさそうに聞いた。

「何か用?」

 自分でも生意気な態度だとは思う。父親の口元が少し引きつったのが見えた。

「お前、杉浦のじいさんの見舞いに一度も行ったことがないんだってな」
「ああ、忙しくて」
「どうだ、今夜は時間があるか?」
「今夜?」

 優は眉をしかめた。
 これまで祖父の様態が急変したとかで父達が出掛けた時でも、優は一人留守番をしていた。それでも父も母も何も言いはしなかったのに。今さらになって何故こんなことを言い出したのだろう。

「実はな、優、杉浦のじいさんはお前に身代を譲るつもりだ」
「…………は?」

 いきなりの話の展開に優の目は点になった。

「ちょっと、ちょっと、どういうことだよ、それ。第一身代を譲るって言っても、あそこにはちゃんと跡取りがいるじゃないか」
「浅葱(あさぎ)か……?」

 父の目が妙な色に光ったのは一瞬のことだった。優はそれでも十分不快になった。

 優が祖父の見舞いに行かなかったことの最大の理由はこの父にあった。父は祖父の二男で、その莫大な財産はすべて長男の忘れ形見の、優にとっては従弟にあたる浅葱が譲り受けることになっている。父にしてみれば二男であるがために、その何十億と下らない財産もかけらしか手に入れることができないのだ。随分と腹立たしげに祖父や浅葱のことを罵っていた。

 ところが祖父が病に倒れ、老い先も見えた最近になって、ほぼ毎日祖父の元へ顔を出していた。

 これがどういうことか優にはすぐに見当がついた。

 優はそんな父と同じように見られることも、自分でそう思うことも許せなかった。

「じいさんがそんなこと、本当に言ってるのかよ」
「勿論。だから一度会いに来いとな」

 ちょっと信じられなかった。

 優の他にも孫は何人もいる。内孫の男だけでも、優と浅葱の他に四・五人はいたはずだ。それなのに何だってこの自分に――。

「どうだ、行かんか?」

 優はちらりと父の目を見る。

 ――こいつ一体何を考えてやがる。

「……そんなに言うなら行ってやってもいいぜ」

 何を考えているにせよ、優には大して害はないだろうし、あまり興味も涌いてこなかった。

 それよりも断ってしつこく言われるよりは、一度くらい見舞いに行っておいた方がいいだろう。

 自分に言い聞かせでもするかのような言い訳を考えながら、優は承知した。


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