第1章
いのちの闇
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高齢の祖父が病の床について、もう久しい。随分と年だし、祖父の今の年より早くに逝ってしまう人間はこの日本の死亡者の半数以上はいるし、そろそろお迎えが来ても不思議でも何でもない。
そう、杉浦優(すぎうら まさる)は思っていた。
自分はその点冷たい人間だから、どうも度々祖父の見舞いに行こうと言う気になれず、足繁く通う両親や姉達を御苦労なことだと思うだけだった。
実際優の家は本家ではないし、祖父にも今では年に数える程しか会うことはないし、優としてはそんな祖父に大した感情を持つことはできなかった。
加えて祖父にとっては十何人といる孫のうちの一人である優など、記憶の隅にある程度で、大して気にもかけてくれていないだろうことが、一層優の気持ちを白けさせていた。
それでも、もしもの時には悲しんだ顔の一つぐらいはしてやろうと、準備だけはしておくことにしていた。
そんなある日のことだった。その日は久しぶりに部活も休みで、日の暮れないうちに優は自宅の門をくぐった。
「あれっ、珍しいね。どっか具合でも悪いの?」
受験生なのに昼間からのんびりとテレビを見ながらそう言ったのは、すぐ上の姉だった。今月に入ってから自宅学習になっているが、彼女はいつでもこの有り様だった。きっとこの春からはすでに推薦で決まっている、彼女としては最低ラインの滑り止めの某女子大へ行くことになるだろう。
自分には関係ないことではあるが。
「優、早いな」
階段を昇ろうとして、優はまた声をかけられた。父親だった。何故こんな時間にサラリーマンの父が家にいるのか。疑うような目を向けるが、相手は気づかない様子だった。
「丁度いい。話があるから着替えたらすぐ私の部屋まで来なさい」
そう優に言い渡すと、父は奥へ入って行ってしまった。
優はこの父が好きになれなかった。
確かに優の実の父親なのだが性格が合わないと言うのか、虫が好かないと言うのか、どうも近寄り難くて仕方がなかった。
世間一般では父親と息子の間には疎遠であっても何らかの一種独特のつながりがあるらしいが、優の所は別だ。少なくとも優はそう感じていた。
五人姉弟で四人娘が続いた後の長男である優だか、父親と会話なるものをしたこともほとんどなかった。
むしろ姉達の方が父親には近しい存在のように思えていた。
こんなふうでよく自分が愚れなかったものだと我ながら感心したりもする。