■ 遠い約束 ■
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あれ以来、周囲の自分を見る目が同情的だった。それが鬱陶しくてたまらなかった。しかし理由はそんなことではなかった。
――あいつはもういないんだ。もうどこにも。
どれだけ馬を飛ばしてみても、痛む気持ちは癒されなかった。傷ついた拳はとうの昔に治ったのに、心だけは治らなかった。多分、二度と癒えることはないのだ。
「…セレム…」
目の奥に張り付いて離れない、あの少し寂しげに笑うセレム。自分だけを信頼していてくれた。多分、愛していた。
もう抱き締めてもやれない。声をかけることすらしてやれない。いつも自分の存在の不確かさに震えていた肩を慰めてやることももうできない。
守れなかった悔しさ。胸の痛みとともに、握り締めた拳が今も痛かった。
静かな夜になると特に思い出す。思い出してはいつも寝付かれなかった。あれからずっと。
フェザンはテントを抜け出して森へ向かう。今夜は何故か馬を乗り回す気にもなれずに、木々の間に星空が見え隠れする夜道を歩いた。
靴底の堅い足音がやけに耳につく。
そう言えばいつかもこんなことがなかったろうか。フェザンはふとたどり着いた湖で足を止めた。
人の気配がした。こんな時間に誰がいるのか。まさかという期待と、不審感とで湖に近づいた。
人気のない森の奥、湖のほとりに佇む人影があった。フェザンの胸が熱くなる。震える足でゆっくりと歩み寄っていく。
フェザンの気配に気づいたのか、振り返る姿はセレムだった。
一瞬、動けなくなった。
「あれ、フェザン?」
向けてくる顔。それは星明かりの下で、凛と冷える程に奇麗に見えた。
いるわけないのだ。これが現実なのだとフェザンは自分に言い聞かせる。
「こんな時間にどうしたの?」
自分の行為を棚に上げて、フェザンの心配をしてくるセレム。見ると薄着の寝間着のままだった。
――またか。
思って、フェザンは自分の上着を脱ぐと、無造作にセレムの頭から被せる。
「風邪ひくぞ」
「あ…うん…」
素直にうなずいて、上着を肩にかけなおす。そのセレムから目を逸らして、フェザンはそのまま森の奥へ向かおうときびすを返す。
側にいるのは、つらすぎた。
「フェザン…じゃ、ないよなぁ」
ふと、呟くような声がした。無視しようとしたが、できなかった。
振り返って見たセレムは太い幹に背を預け、湖の上に広がる星空を見上げていた。見やった横顔があのセレムに重なる。胸が苦しくなる。
「夢を見るんだ。何度も同じ夢。とても心細くて、怖くて、その時誰かとここで出会うんだよ、いつも」