■ 遠い約束 ■

20/27




 翌朝、早起きして向かった森の入り口でセレムに出会った。

「あ、おはよう」

 元気な顔を見せるセレムは、昨日倒れた痕跡など微塵も感じさせずに、柔らかくほほ笑んだ。

 フェザンはホッと胸を撫でおろすと同時に、セレムに駆け寄る。

「おはようじゃねぇよ。お前、起きて大丈夫なのか?」

「もう平気。ちょっと散歩してきたんだ。気持ちよかったよ」

 返してくる笑顔はいつもと変わりなかった。どこか寂しげで。

「ばっかやろー、心配するじゃねぇか」

「大丈夫だよ。一晩寝たら元気になったみたいだ」

「そうじゃねぇよ。お前、これから俺の側を離れるんじゃねぇぞ」

 セレムの腕を取り、真剣な表情を向けるフェザンをしばし見つめてから、セレムは小さくうなずいてみせた。

 テントに戻って、まだ休んでいた方がいいと、セレムの背を押す。セレムはそれに従って、ゆっくりとベッドに腰を降ろした。

 その力無い様子に、少しおかしいことに気づくフェザン。まだ体が癒えていないのだろうと思い、横になるよう促そうとした時、セレムがポツリと呟くように言った。

「これからもずっとここにいるよ。フェザンの側に」

 声が少し震えて聞こえた。

「覚えていてくれるよね。フェザンが忘れない限り、僕はずっとフェザンの側にいるから」

 見やったセレムの横顔は青白く見えた。膝の上できつく握り締めた拳を見つめてゆっくりと話す様子は決して思い詰めたようでもなかった。

「さっき、サラに会ってきた。記憶を戻す薬があるんだって。元に戻してもらおうと思っている」

 信じられない事を言うセレムに、フェザンは身体が震えた。ゆっくりとフェザンを見上げてくるセレムの瞳がフェザンを捕らえて、わずかに搖れる。

「軍が僕を必要としていて、その為に僕がここにいるのなら、記憶を取り戻すべきなんだって」

「サラがそう言ったのか?」

 フェザンは頭に血が昇るのを感じた。

「ば…ばかやろう…何言ってやがる。お前のことだろ? サラも前のセレムも関係ねぇよ」

 セレムはフェザンの言葉に首を振る。

「聞こえるんだよ、もう一人のセレムの声が。会いたいって。誰だか分からないけど、ひどく恋しがっているんだ」

 レイヴァンのことだと分かった。

 ここにこうしているセレムの中にいる、本物のセレムが求めているのだ、彼を。

 今日サラに言われたことでの即断ではないだろうことは、フェザンにも分かっていた。しかし。

「いいのかよ、今の記憶と引き換えになるんだぞ。俺とのことだって、忘れてしまうんだぞ」

 ピクリと肩が震えたのが見えた。顔を見たくなくて背を向ける。

「ああ、そうだよな。忘れちまったって、お前、死ぬわけじゃねぇもんな。元に戻るだけだもんな。俺のことも忘れて…たったそれだけのことだもんな」



<< 目次 >>