■ 遠い約束 ■
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「思い出して欲しいんだよ、僕達のこと」
セレムのテントに入ろうとして、フェザンは中から聞こえる声に手を止めた。
セレムのテントにはマキアスがいた。
「戦いのこと、魔道のこと、軍のこと、みんな忘れてもう一体どれくらいになるの? セレム、それでいいと思ってるの?」
咎めるような口調は、マキアスらしくなかった。
「以前のセレムはそんなことから逃げたりしなかったよ。いつも顔を上げて、まっすぐ前を向いて進んでいた」
「逃げてる…?」
「そうだよ、セレムは怖がっているだけ。本当は何も恐れるものなんてないって知ってる筈だよ。ね、セレム」
言っているマキアスの方がつらそうに見えた。
「戻ってきてセレム。元のセレムに戻ってよ」
言って、ポロポロとこぼれるのは涙。セレムはそのマキアスに何も言えずに、慰める言葉も分からないままだった。そんなセレムにマキアスは悲しそうな目を向ける。
「…セレムを返して…」
セレムの衣服を握り締めて、言うマキアス。
「ごめんマキアス、僕は…」
「大嫌いだっ。君はセレムじゃないよっ」
叫んで、マキアスはセレムから手を放す。涙を袖で拭って、そのままテントを出ようとして、外でこのやり取りを聞いていたフェザンとぶつかった。
「…!!」
フェザンにもマキアスにかけてやれる言葉が見つからなかった。見つかる訳もなかった。
「違うよね」
当惑しているフェザンにマキアスは言い寄る。
「僕、知っているんだよ。フェザンはセレムのこと好きだったんでしょ、ずっと前から」
驚く。気づかれているとは思っていなかった。いや、それよりも部屋の中にいるセレムがマキアスの今の言葉を聞いていた。
「今のセレムを身代わりにしても何にもならないよ」
「身代わりにしているつもりなんてねぇよ」
「だったら…だったら早く元のセレムに戻してよ。フェザンの好きなのは今のセレムじゃないでしょ」
「マキアス!」
何がこの優しいマキアスをここまで言わせるのだろうか。聞いていられなくて軽く頬を張る。
「いいことにならないよ、今のままじゃ。いつかつらい思いをするのはフェザンなんだよ。分かってないよ」
ポロポロと、瞳からあふれ出す大粒の涙。こらえようとしても止まらないのをそれでも我慢しようとして、余計にあふれ出す。
「いいんだよ、今のままで」
「よくないよっ!」
「いいんだ」
言いながらフェザンは、テントの中で二人のやり取りを黙って聞いているセレムに目を向ける。つられてマキアスも振り向く。
悲しそうな目をしていた。心なしか青ざめて見える。
マキアスはセレムから目を逸らし、そのまま駆け出した。言われるよりも言う方がもっとつらいのだと、フェザンはマキアスの後ろ姿に思った。