■ 遠い約束 ■
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「こうやって、心を研ぎ澄まして周囲の風を感じるんだよ」
教えるとは言っても、フェザンは騎士だ。馬を走らせ、剣を振るうことは得意だったが、魔道はまったくの素人だった。そこで、マキアスを呼び出した。
快く引き受けてくれたマキアスは、魔道書をセレムに渡して、一歩後ずさる。セレムは言われた通りにゆっくりと目を閉じた。
風が、やんわりとセレムの身体を包み込むように揺れた。
揺れる金色の髪。風を操る瞳は優しくて、神々しい。
――こいつ、こんな顔して魔道の力を放ってたのか…。
終ぞセレムの戦う姿を見ることのなかったフェザンは、その姿に呆然とする。
強大な風の魔法を使う天才魔道士と名高いセレム。その一睨みで一個小隊など吹き飛ばすとも聞かされた。どれ程に凄まじい形相なのかと思うこともあったが、今目の前のセレムは清らかで美しかった。
「…ザン、フェザンってば」
ポンと肩を叩かれてフェザンは我に返る。いきなり間近に現れたセレムの顔に思わず身を引いた。
「ああ…終わったのか?」
見とれていた自分に気づいて、頬が熱くなるのを何とかごまかす。セレムはそんなフェザンに小首をかしげてから、苦笑を浮かべる。
「うーん、上手くできなくて、風が逃げていったみたいなんだ」
「何だ、それ」
自分でも良く分からないと答えて、セレムは気弱そうな表情を浮かべる。
「ま、いいか。そのうち上手くなるって。気にすんな」
「ん、ありがとう」
向けてくるセレムの笑みにフェザンの胸が大きく脈打つ。
やばいと思った。今自分の目の前にいるのはあのセレムではないのにと、慌てて言い聞かせる。
密かに思っていた気高い少年――。
いつか、そのすべてを手に入れたいと思っていた。
いつか。多分、決してありはしないと知っていたが。